L'art de croire             竹下節子ブログ

ハンガリーの言い分とロシアの記事

メルケル首相が難民歓迎の態度を変え、オーストリアとの国境を閉めはじめて自由ヨーロッパ(シェンゲン条約により検問なしで自由に移動できる範囲のヨーロッパ)が分断される危機だと言われる中、9/15にフランスにいるハンガリー大使の言い分をラジオで聞き、新聞で読んだ。

その後、ロシアの新聞の仏訳でロシア政治学者の記事を読んだ。

どちらも、フランス側の言い分や報道だけでは見えてこないことだ。

まず、つい先日まで、「寛容なドイツに対して偏狭で人権無視のハンガリー」と叩かれまくっていたハンガリー。

セルビアとの国境に鉄条網を張り巡らせ、国境に群がる難民にサンドイッチを投げ、嫌がる難民を無理やり収容所に、という類の画像が毎日流れていた。

ハンガリーはEUから出ていくべきだ、とも。

しかし、ハンガリーは、EUの一員、シェンゲン条約加盟国としての義務を果たしているに過ぎない。

「自由ヨーロッパ」は地域内の移動は自由だが、その外部地域との境界を管理する必要がある。難民が来た場合は、個々のケースの審査をし、難民と認められれば10日か12日程度でビザを発行する。
それまで難民申請者のための一時宿泊所を提供し、食事や医療も提供する。
これがEUでも国連でも合意のシステムだ。

で、ハンガリーはその「自由ヨーロッパ」の境界をセルビア側に抱えている。

国家としても、ヨーロッパとしても、自由ヨーロッパとしても、流入する「難民」認定の責任がある。

これに対して、ドイツにはそのような難民の入り口となる「非ヨーロッパ」との境界がないし、「難民80万人OK」などと軽々しくいうのは無責任だった。

なぜなら、「ドイツ、ドイツ」と連呼しなかせらハンガリーに押し寄せる難民は、ハンガリーで難民申請をしてその結果を待つなどという気はさらさらないからだ。国境を突破すればそのままオーストリアからドイツへと向かう。

申請をして宿舎にいったん入っても、宿舎は監獄でないので自由に外にでれる。誰も審査の結果を待たない。

結局みなが徒歩でオーストリアに向かって歩き出す。その途中で事故があればハンガリー政府の責任になりかねない。だから彼らは必死になって流入を制限したり宿舎に収容したりしようとするのだ。

非ヨーロッパとの間の交通を遮断する権利と義務はハンガリーにある。

そこに押し寄せる人や、宿舎から出て列車に乗ろうと駅に詰めかけている人々に医療や食事を提供するのは、NGO団体などだが、政府の管轄外のことである。

どうせハンガリーは通り抜けるだけで皆がドイツへ行くと言っているのだからフリーパスでどうぞ、という権限はハンガリーにはない。

一度通してしまえば難民は「自由ヨーロッパ」のどこへでも行けるからだ。

一方、ドイツの方には、自由ヨーロッパ同士であるオーストリアとの国境を閉ざして通過するすべての人にビザやIDカードの確認をする権利はない。

難民が流入する国境を抱えているのはトルコに接するギリシャも同じだ。

ギリシャの事情が苦しいのは周知のことだ。

社会党が二分しつつあり政治的にも不安定で経済的にも苦しいフランスは、ほとんどドイツのいうなりになるしかない。

このように、ハンガリーの言い分を通して考えると、確かに彼らのことを「非人道的」だなどといって非難する西ヨーロッパ人道原理主義のかかえる問題点が見えてくる。

ロシア政治学者(モスクワ・カーネギーセンター所長ディミトリィ・トレーニン)の記事は、ロシアと中国の接近を解説したものだった。

ロシアはポルトガルからウラジオストックまでという「汎ヨーロッパ」「大ヨーロッパ」の形成を夢見ていた。

けれどもウクライナ問題などでアメリカの言いなりになるEUに失望したので今は中国との接近を図っている。

北京とモスクワを結ぶ超特急、上海からサント・ペテルスブルクに至る「ユーラシア」同盟を創る。

けれどもそれは経済同盟、軍事技術同盟であって、文化や文明を共有する気はない。
アメリカへの牽制の意味が大きい。

中国語も学習するがプラグマティックなものだけだ。

交流するのは互いの国のエリートだけでいい。文明的にはいつかヨーロッパと再び接近する意思は変わっていない。

という感じ。

確かに、ロシア革命時にロシア人のヨーロッパへの亡命は多かったし、この記事も別にヨーロッパ向けではないので、EUのリップサービスではない。

でもアメリカとの「冷戦」は終わっていない。

EUには旧共産圏の東ヨーロッパも入っているし、ロシアがヨーロッパとなかよくすることは別にアメリカに負けることではない、という感じだ。

この論考に「日本」など全く存在しないのも印象的だった。

アメリカがロシアに対して、

太平洋側では日本やオーストラリアなどとの軍事同盟で対抗し、

大西洋側ではNATOで対抗しているのは自明だから、

NATOの一角を崩せない限り、中国との連携しか道はない。

しかしそれは政治的な一時策であり、中国は異文化である。

以上は、すでにあちこちで言われていることではあるが、こうはっきり書かれるとある意味で感慨がある。

日本がアメリカとの軍事同盟国として扱われるのはもっともで、日本がロシアとの関係を改善しようなどといっても、彼らの地政学にとってはあまり意味をなさない。

日本がアメリカの軍事同盟国などではなく、

「非軍事憲法を持つ非軍事国家」

という独自の中立国、聖域であるというような立ち位置を戦後の70年で積極的に築いていていたなら、中国、ロシア、太平洋を挟んでアメリカとも隣国関係にある戦略的場所なのだから、今日別の情況もあり得たかもしれないけれど。

朝鮮戦争の恩恵を受け、「核の傘」に守られて経済の復興だけに邁進してきたので外交的なセルフ・プロデュースは考えないことにしていたのだろう。

今さら「平和憲法」とかいうだけでは内実とかけ離れているのは分かるけれど、だからといってイスラエルに武器の輸出をするとか武器の開発を掲げるようでは、「建前」すらも手放してしまうことになる。

日本は「非西洋」「非キリスト教」の文化圏ということもあってトルコやシリアやイランなどとも比較的うまくやっていた時期もあったのに、気がついたらそこいらの「軍事独裁政権」と似た「普通の国」になりそうで、あらためて心配になる。
[PR]
by mariastella | 2015-09-17 01:02 | 雑感
<< キューバとヴァティカン その1 『神様メール』最新約聖書(Le... >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
以前の記事
カテゴリ
検索
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧