L'art de croire             竹下節子ブログ

しつこく難民の話

(これは難民問題の続き。キューバの続きは後からupします。)

こういうことを書くと誤解を招きそうだけれど、あるジャーナリストが、やはり難民のうち子供連れの家族と若い男を分けるべきだと言っていた。

ヨーロッパとの国境やユーロトンネルの周りにはこういう感じの難民の群れが押し寄せているわけだけれど、困難な経路を踏破してここまでやって来るだけの気力や体力のある若者たちなら、退去して逃げるよりもテロリストと戦え、というのだ。

彼らのほとんどは、シリアの兵役でイスラム国と戦うのを避けて亡命してきた人なのだ。

一方クルドには女性でも武器をとって戦っている人がいる。

先日の溺れた子供の写真のせいで、「難民=子連れ」という情緒的刷り込みができかかっていたので、こう言われると「確かにそうかも」と思ってしまった。

それぞれの事情は違うだろうし、私は原則的には絶対平和主義なので、これらの難民の若者を訓練して武器を与えて送り返せ、などとは考えないけれど、これら若者の群れを見ていると、彼らを低賃金で使える重労働力と見なしてほくほくしている資本家もたくさんいるのだろうな、と納得してしまう。

労働力としてそれこそ「即戦力」のあるシリアの若者たちを優先的に受け入れることで、アフリカで本当に飢えと病気にさらされて逃げている経済難民の家族受け入れの基準が厳しくなるというから、その恣意性は明らかだ。

「労働力の売買」で利益を得ているマフィアが難民を出す側と受け入れる側の両方にいることも知られている。

そのような「商品」を流通させてはいけないし、「商品」にもなれずに切り捨てられる老人や女性や子供や病人を優先して受け入れる弱者救済こそが難民条約の根本にあった理念のはずだ。

宗教施設や教区が一家族ずつ受け入れよ、と具体的に呼びかけるフランシスコ教皇の言葉は、まさにそれを言っているのだ。
[PR]
by mariastella | 2015-09-20 02:37 | 雑感
<< キューバとヴァティカン その3 キューバとヴァティカン  その2 >>



竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
以前の記事
カテゴリ
検索
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧