L'art de croire             竹下節子ブログ

アメリカとカトリック

フィガロ紙(9/23)によれば、アメリカでは2007年以来カトリック人口が300万人減っている(現在8100万人)のにワシントンのセント・マシューズ大聖堂ではこの20年に、700家族から3100家族に増えたそうだ。

10h30のミサはラテン語を多用して聖歌もラテン語で保守層向け、しかし午後にはゲイとレズビアンの信者の集まりがあるという。

信者のニーズに応じてこまめに対応してきた結果、教会に通う人が増えたのだそうだ。

これって、信者を「顧客」、「消費者」とみてマーケッティングした結果、多様な形にしているわけで、ある意味では共同体ごとに分断しているわけで、本来のキリスト教的ではない。

でも、長い間黒人教会と白人教会が分かれていて今もその名残があるアメリカらしいと言えばそうなのかもしれない。

南部ではヒスパニックが多いから別だけど、他の場所ではカトリック信者のカップルの4組に1組が離婚する現状だから、それにも対応しなくてはいけない。

リベラルなカトリックは民主党に多く、長い間WASPの陰で苦労して居場所を築いてきたから、「国への忠誠を誓う」姿勢を、WASPよりもさらに強調してきた歴史がある。

だから、アメリカの市場経済至上主義や覇権主義、保守的な家族観の崩壊などにも異を唱えない傾向があるそうだ。なるほど。

ジョージタウンのイエズス会の大学などは革新的すぎて、そこから保守的なノートルダム・ユニヴァーシティに移ることを余儀なくされた教授もいるという。

保守的なカトリック信者で第二ヴァティカン公会議以来、何がどうなったかよく分からないという世代は、教皇が「教義」や禁止事項について明らかにしてほしい、と期待している。

ローマ帝国が崩壊した時に各地の修道院がキリスト教文化やモラルを維持して後世に伝えることができたように、「アメリカ帝国」が崩壊しつつある今、家庭の価値を守るコミュニティを維持することが重要だという人もいる。同時に「教会は聖人たちのホテルでなく、罪びとたちの病院なのだ」として、保守やリベラルを超えたフランシスコ教皇のメッセージを期待している人もいる。

ベルリンのカトリック教会で、イラン人とアフガニスタン人の改宗者でいっぱいでペルシャ語で表記している場所のことも最近読んだ。キリスト教に改宗していることは、難民認定において有利に働くのだそうだ。でもいったん改宗したら、改宗を認めないイスラム国にはもう帰れないということもあり得る。

こういうことを読んでいると、本当に、今、キリスト教最大宗派の主張であるフランシスコ教皇の言動の意味は大きい。

非キリスト教文化圏の人は、「西洋文化の傲慢」とか独善を、他の神を排する一神教のメンタリティなどと誤解することが多いけれど、キリスト教がなければ、「力を得ると傲慢で独善に陥る」というかなり普遍的なメンタリティにまったく歯止めがかからないかもしれない。

けれども、カトリックの聖職者とか修道者はみな独身制だから、弱者尊重の利他主義や平和主義や平等主義などを本気で唱える人のDNAはいつも自然淘汰されて行く可能性がある。その割にはフェニックスのように灰から舞い上がって正論を更新することもあるのだから大したものかも。
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by mariastella | 2015-09-24 02:58 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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