L'art de croire             竹下節子ブログ

パリの奇跡の治癒の話 その1

フィラデルフィアでの教皇はまたユーモラスなことを言って、みんなを笑わせ、フランスのTVはそのシーンばかり流していた。

いろいろあるんだけれど、先日ようやくパリのルルドと呼ばれる場所での奇跡の治癒の集会に行ってきたのでそれについて少しずつ書いていこうと思う。

毎週木曜の午後6時半から7時40分。

夏休みなどは休みになるし、毎週木曜クラシック・バレーのレッスンに通っていた私はなかなか行けなかった。そのレッスンが秋の新学期からなくなったので参加できたのだ。近くて遠い奇跡の場所。

感想は、ひとことで言うと、「聞きしに勝る」という感じだ。

30分前に行ったのにもう人がいっぱいで、通路までいっぱい。

毎回1000人以上が集まるというがもっといるんじゃないだろうか。

普通の教区教会ではクリスマスや復活祭でもこんなに人が入ることはないだろう。

この「病者の祈り」の様子はyoutubeにあがっているのですでに逐一見て知っている。
その教区のサイトにもちゃんと載っている。

だから「決してあやしいものではない」というのがポイントだった。

今までプロテスタントの福音派のミサなどで按手をされた信者が次々と卒倒するなどというシーンをアメリカの宗教チャンネルでは見たことがある。

ああいう「神がかり」なのは怖い。

今まで「潜入した」ことがあるのは学生時代の山岸会だけ。
それももともと集団ヒステリーだとか洗脳風の集まりが嫌いなので、「体験」みたいなのは遠慮した。

福音派のメガ・チャーチの熱狂だとか、カリスマ刷新運動でみんなが輪になって陶酔してぐるぐる回るとかいう感じも苦手。

で、このサン・ニコラ・デ・シャン教会の集まりだけは、事前にネットで見ているし、司祭のインタビューも見たし、パリの真ん中の普通のカトリック教会の中であるし、でもその日には信者も信者でない人も、ムスリムでもだれでも、心身の不調の癒しを求めている人、周囲のそのような人の癒しを祈りたい人など、だれでも自由に来れるというものなので、「健全」というか、テロの可能性は低そうだというか、この怖がりの私でも、実際はどうなのかと、現場の雰囲気を味わいたくて行ってみる気になったのだ。

どうせだから、だめもとで事前に身体の不調をチェックしておく。

差し当たっては耐糖能異常と左目の白内障。

白内障なんて手術以外に絶対に治らないのだから、手術がうまく行きますように、程度の謙虚さでいいか。
しかし、奇跡の治癒というのは、時として、原因が解消していないのに機能だけが回復する、というケースもある。

つまり水晶体の白濁が治っていなくても視力だけが出てしまうかもしれない。

視力というのは脳の中で再構成するものだから、不可能ではないかもよ、とちらっと思う。(続く)
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by mariastella | 2015-09-28 03:00 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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