L'art de croire             竹下節子ブログ

ストラスブール大司教の話 その2

(これは前回からの続きです)

ストラスブール大司教は宗教間や宗派間の対話に熱心で、2010年5月にも、時間をかけて、ウッテンハイムにフランス中から司祭を集めるイベント開催の準備をしていた。

数年前からヘルニアがあるのは承知してはいたが、病気知らずで自分の体力に自信を持っていたので放置していた。

開催直前に、突然調子が悪くなり、腸閉塞で緊急手術し、その後2度目の手術も受けた。

彼にとって3週間の入院生活は、結果的に長い「霊的黙想」の期間となったという。

彼の語るところによると、いくつかの段階があった。

まず緊急で腸閉塞の手術をした時は「神」を思う暇などなく(神の方はきっと彼のことを見守っていただろうけれど)、ただ、病院や外科医が最善を尽くしてくれることを信じてまかせるだけだった。

ところが手術後も消化機能が戻っていないことが分かり、二度目の手術に向けてのさまざまな「検査」がはじまった。

とりあえず一命をとりとめた彼は、この段階で新しい世界を知ることになる。

「患者」はすべての診察や検査や検査の結果について、「待つ」ことを要求される。

病気の診断、見通し、治療の方針、検査の結果などが分かるまでは、短期的にも長期的にも人生の予定が建てられない。

「病人」とは「待つ人」でもあるのだ。

それがよく分かった。

自分の両親のことやこれまでに見舞った無数の苦しむ人々のことが想起された。

病気の前ではすべての人が「小さい人」になるという意味が分かった。

二度目の手術の準備期間には多くのことを自問し、そこではじめて「自分の命を神の手にゆだねる」ことになった。

試練の中で詩編について考えることが助けになり、常に平穏でいられた。

死、自分の死のことが頭の中になかったとは言えない。
それまでヴァイタリティに満ちていて、復活における新しい命の歓びについて絶えず述べ伝えてきた自分だが、すべてのことには終わりがあると理解した。

人生での些細なことを相対化する役に立った。

しかし一度も病人である自分の状態に対して反発を感じることはなかった。
治療が必要なことは自明だったからだ。

でも、彼自身が呼びかけたイベントの直前にこうなったことに対して「なぜ ?」という問いは頭から離れなかった。

彼の呼びかけに応えてすべての兄弟司祭が集まってくれたのに、自分だけが欠席したのだ。

このことは、大司教に、自分の体に対して謙虚であるべきだということを教えてくれた。肉体と魂とが真に協働するためには、体の発する信号も軽視してはならない。

二人の補佐司教や多くの人の支援や祈りが彼を支えてくれたことへの感謝が助けになったことはいうまでもない。

このグラレ大司教の「大病」は、周りのすべての人にもいろいろなことを考えさせただろうと思われる。

当時まだ69歳でエネルギッシュで快活、2メートルはありそうな堂々とした体躯は、教区の人やフランシスコ会の人々にさぞや頼もしく誇らしい印象を与えていただろう。

そんな人に突然倒れられた時、周りの人は「裏切られた」という気持ちでなく、ただ、シンプルに、彼のことを祈りを必要とする「小さい人」と受け止めてできるだけの助けり手を差し伸べたのだ。

キリスト教のはじめに、あちこちで奇跡の癒しを成し遂げて尊敬されていたナザレのイエスが、鞭打たれ、抵抗せずに十字架につけられてそのままあえなく息絶えた時、ほとんどの使徒が「そんな人知らない」と言ったり逃げてしまったりした。

「強い人が弱くなる」というパラドクスはキリスト教の根幹にあるのだ。

誰でも病気になることはあるし、病気にならなくても死ななければやがて老いて弱くなる。

もとから病弱でヘタレで守りの姿勢の人にはその落差が少なくてサヴァイヴァル戦略のストックもあるだろうが、心身頑健で人々に頼られている大黒柱のような人が突然弱くなるとはじめて見えてくるものがいろいろある。

カップルや家族、グループやチームでもそれは同じだろう。

今のグラレ大司教は、前よりももっと大きく強くなったような気がする。
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by mariastella | 2015-10-13 00:37 | 雑感
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