L'art de croire             竹下節子ブログ

ルイとゼリー・マルタン夫妻の列聖にちなんで

ルイとゼリーの会話

ルイとゼリーは来月に結婚式を挙げる予定の男女です。

ルイは29歳、銀行で働いていてゼリーは27歳、ゲーム開発の仕事をしています。

ルイは毎日曜にミサに行くカトリックの家庭で育ちました。ゼリーは小学校から高校までカトリックの学校でしたがミサに行くのは復活祭くらいです。

10/18、ヴァティカンでリジューの聖女テレーズの両親ルイとゼリーのマルタン夫妻がフランシスコ教皇によって列聖されました。

「普通の夫婦」がそろって聖人になるのはめったにないことです。

彼らと同じ名前の聖人夫婦誕生のニュースを知ったルイとゼリーは…

ゼリー(以下Z) 「ねえ、すごいじゃない。この2人に私たちの結婚の守護聖人になってもらおうよ。」

ルイ(以下L) 「ローマは今家族シノドスの最中だからそこを狙って夫婦を一組で列聖するのってメッセージがわざとらしくないかなあ」

Z 「いいじゃない。私たちも彼らにあやかって死がふたりを別つまで神さまに結びつけられるんだわ」

L 「まてよ、彼らは若くして修道院で死んだ聖女テレーズの両親だろう。僕たちの子供が修道院に入って僕らより先に死んでしまったら嫌じゃないか、そんなのにあやかりたくないね。」

Z 「ええと、確かゼリーはテレーズがまだ小さい時に死んだよのね。(スマホで経歴を検索)」

Z 「あれ…確かにちょっと…。ゼリーは40代で癌で苦しんで死んで、ルイはわりと長生きしたけれどアルツハイマーだかなんかになったみたいで、精神病院に閉じ込められて死んでる…。
これってむしろ縁起の悪いカップルだよね。」

L 「どれどれ…、しかも、9人の子供ができたけれど最初の4人が次々と死んで、成人した5人の娘が全員独身で修道女になったなんて最悪じゃないか」

Z 「それは両親の信仰が篤かったのを受けついだからでしょうけど」

L 「いや、違うよ、母親が死んで上の姉が下の妹の母親代わりになって、その姉たちが修道院に入ったんで妹も姉を慕って入ったんだぜ。
しかも、姉が修道院長でマザーって呼ばれて、まさに母親代わりになってる。
姉妹同士もシスターってことで家族のままだ。

第一同じ家族から二人以上は同じ修道院に入れないのに特別許可をもらってるし、聖女テレーズは年齢制限の特別許可ももらって姉さんたちのもとに合流してる。
寡夫となった父親はすでにおかしくなっているから、これは娘たち全部の逃避行動じゃないか。

こんないびつな家族が家族シノドスの模範だとは驚きだなあ」

Z 「あら、でもそんなことを言ったら、キリスト教の模範である聖家族だって十分いびつじゃない。」

L 「それもそうだ。かなりの年寄りヨセフと婚約した14歳の少女マリアが天使から処女受胎を告げられて馬小屋かなんかでイエスを産むわ、王から命を狙われて夜逃げして家族で難民になるわ・・・」

Z 「もっとひどいのは、息子のイエスが12歳で親と巡礼中に勝手な行動をして、いなくなって心配かけて、叱られてもあやまらず『私は父(神)の家(神殿)にいる』とか何とかいったのよ。

極めつけの親不孝は、お父さんが死んだ後おとなしく大工の職を継がないで放浪して教祖になってそのせいで母親の目の前で磔にされて殺されてしまったことだわ」

L 「いや、年の差婚の話とかは民間伝承だし、十字架の上でいったん死んだけれど死を克服して復活したんだからさ。もう家庭とか家族のレベルでなくて人類全体の救済っていう新しいページを開いたんだ」

Z 「あら、私たちの子供がいつか世界の平和のためにとか行って戦闘地域で危険な人道支援したり聖戦に加わるとか言ってテロリストになったりしてもあなたはいいの ?」

L 「いや、イエスの復活の出来事は一回きりで、それでもうみんなが救われたんだ。
聖母マリアとか弟子たちとか、テレーズの両親や、テレーズそのことを証言し続ける人たちのおかげで、ぼくたちは祝福されているんだ」

Z 「あら、ほんとにそんな風に考えてるの ?」

L 「いや、ルイとゼリーマルタン夫婦のことを知ると、はじめはひどい話だなあとも思ったけれど、こういうケースを列聖するのはある意味すごくカトリック的だと思う」

Z 「何があっても神のみ旨だと受け入れるとか、子供が全部修道女になるとかの奨励 ?
みんながマルタン夫妻みたいになったら人類絶滅しちゃうよ。」

L 「いや、なんていうかさ、「若くてハンサムな王子さまと若くてきれいなお姫様が結婚してお城で幸せに暮らしてたくさんの子供に恵まれました」なんていうのが「理想の夫婦像」だとか「理想の家族像」だみたいなことは、カトリック教会は絶対に言わないと思うんだ」

Z 「どうして?」

L 「うーん、多分そういう人たちは神様をあまり必要としないからじゃないかなあ、」

Z 「なるほど。それに、確かに、お金の心配もなく、心身ともに丈夫で健全で愛し合い、感謝しながら末永く幸せに暮らしましたなんていうのが「聖家族」だとか聖人「夫婦」なんだとか言われたらしらけるかも」

L 「マルタン夫妻の場合はさ、若くして苦しんで死ぬとか、精神状態がおかしくなるとか、少なくとも、そういうことと「聖性」は関係がないと言っているわけだよ。」

夫婦の幸せとかも、子供のあるなしや子供の人生の選択とか運命とか、外から見てひどいとかいびつだとか何とか言われるところとは別の所にあるってメッセージだろうな」

Z 「別の所って、どこ?」

L 「それは家族が神さまといっしょに一生探していく所かもしれない」

Z 「神さまが必要なの ?」

L 「必要な時にすぐそばにいてくれると思いたいんだ。」

Z 「うーん、どうやって神さまと暮らしていくのか私には分からない。

それならまだルイとゼリーのマルタン夫妻の方がイメージできるかも」

L 「うん、ルイとゼリーは僕たちの名前の守護聖人だ。

やっぱり僕たちの結婚の守護聖人になってもらおう」

Z 「あれ、私もそんな気がしてきた。

不思議だね。さっきまで散々不幸なカップルだとか思ってたのに」
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by mariastella | 2015-10-19 03:10 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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