L'art de croire             竹下節子ブログ

「黒い法王」陰謀説

「黒い法王」陰謀説を説く人が主張するのはイエズス会陰謀説である。

そもそも中南米がカトリック国となったのはイエズス会の活躍の結果だ。

アルゼンティン出身のフランシスコ教皇が公式に訪れたボリビア、パラグァイ、キューバなど、すべての教会はイエズス会士の手によって建てられた。

ミッションスクールの教育を通してエリートとパイプをつくるのも宣教に効果的な戦略だった。

けれども、1970年代になって、マルキシズムの「階級闘争」にインスパイアされた「解放の神学」の枠の中で多くのイエズス会士がブルジョワのサークルから飛び出して貧しい人々と共闘するようになった。

その過激さが警戒されたこともあって、イエズス会からは一度も教皇が出ていなかったのだ。

長い間教皇候補と言われていたミラノ大司教カルロ・マリア・マルティニは教皇にならないままで2012年に85歳で亡くなったが、ヨハネ=パウロ2世やベネディクト16世の最大の論敵だった(2002年にパーキンソン病を公表するまではJP2の次の教皇だと噂されていた)。

彼は司祭の結婚、再婚者の聖体拝領、限定的避妊の容認、教会の地方分権、女性の助祭などをテーマにした第三ヴァティカン公会議の開催を望んでいて、カトリック教会は200年遅れている、何を恐れているのだ、と最後のインタビューでも言っていた。

家族シノドスの最終の週の初め、イタリア最大の新聞Corriere della Seraに、そのマルティニ大司教の全集に寄せたフランシスコ教皇の長い序文が掲載されたという。

陰謀論者にとっては、それが、現教皇の施策がマルティニ大司教の方針、イエズス会のパースペクティヴを継承したものだという明白な証拠だというわけである。

もっとも、第三ヴァティカン公会議どころか第二ヴァティカン公会議でさえ受け入れられないというカトリック保守派もまだいて、彼らは第二ヴァティカン公会議以降の教皇をすべて認めないという教皇不在説を掲げている。

sede vacante(教皇座が空位である状態。コンクラーベの間など)というラテン語から来るセデヴァカンティズムやその一派セデヴァカンティストという言葉があるくらいだ。

でも、本当にフランシスコ教皇は前教皇たちと反対の路線を行っていると言えるのだろうか ?(続く)
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by mariastella | 2015-10-22 03:23 | 宗教
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