L'art de croire             竹下節子ブログ

家族シノドスの終わりと『神の将来』

10/24に家族シノドスのレポートが出て教皇の最終の言葉があったので、それについてのコメントが日曜にいっせいにフランス語ネットに拡がった。

熱心にSNSに投稿する司教もいるのでいろいろな立場が分かる。

今回のシノドスほど、メディアがいろいろ書き立てた例はないだろう。

メディアはまるで、どこかの国の議会が法律を書き換えたり憲法の拡大解釈をしたりというような結果をシノドスに期待していたかのような書き方だった。

けれどもシノドスは、議会ではなく、教義は憲法ではなく、「共通の考え方を構築する」というもので、これを受けて教皇が数ヶ月後に、何かを変えるなら変えるということになる。

メディアは同性愛者の結婚や離婚再婚者の聖体拝受ばかりに注目していたので、50ページにわたるレポートのうちで同性愛者に対して友好的に接するという一文しかなかったことだけを報道したものもあった。

保守とリベラルの対立が陰謀論も含めて仰々しく書かれていたが、本当に対立していたのは一部のグループであって、全体としてはカトリック教会らしくゆっくり慎重に教皇の意に寄り添いつつ聖霊の導きを祈る、みたいなカトリック的公正というかカトリック的健全さは変わらなかったようだ。

カトリック教会がリベラルな変化をしても文句を言って離反する人はいるし、保守的な路線を固持しても文句を言って離反する人はいる。

もっといわゆる「地方分権」的にしろという動きはあるのだけれど、アフリカ、アジア、ヨーロッパでは家族の伝統的な形にしてもまったく違うことも多いので、あまり「地方の現実に即した」ルールを各地の司教たちが適用し始めたら、もう普遍主義が機能しなくなるのは事実だ。

個人的には、まあ、ヴァティカンで伝統的な正論を唱え続けているのが聞こえてくるのは悪くないと思っていたのだけれど、最近ジャン・ドリュモーが『神の将来』という本を出したのを読んでたまげた。

ジャン・ドリュモーと言えば、天国についてや西洋における「恐怖」の歴史などについて様々なベストセラーといえる歴史書を出してきた人で私も80年代から90年代かけて愛読してきた西洋宗教思想史の大御所だ。

その人が、今92歳で、なかなか過激なキリスト教革命(カトリック革命)を唱えている。

「キリスト教2.0」ともいえる大胆なもので、カトリック教会の分権はもちろん、司祭の独身制の見直しや女性司祭容認も含めて、すごく具体的に書いている。

これがこの人の口から言われるとかなりのインパクトがある。

至極当然に聞こえる。私が今のカトリックのシステムに特に異論を持たないのが不思議なくらいだ。

それはドリュモーにとっては、カトリックのシステムは彼がその中で生まれて育って、92歳の今でも積極的に関わっているものであり、私にとっては、所詮、旅行者の目で見るものでしかないという違いから来るのだろう。

私にとってのキリスト教は、まず、ヨーロッパのカトリックはこうですよ、プロテスタントはこうですよ、正教はこうですよ、という既存の「情報」としてあったもので、例えばそれが女性差別を残しているとしても、よそ者の自分が「是正」を求めるなどという視座など持ったことがない。

だから、ヴァティカンで、結婚をしたことのない中高年男性ばかりが集まって離婚がどうの再婚がどうのと議論しているのを見ても、特に違和感がなかった。

けれど、ジャン・ドリュモーにばさばさと切って捨てられると、なるほど、と思わされてしまう。

92歳の学者で信仰者である人が、宗教に求めるもの、宗教を次の世代にも残したい気持ち、何が本質で何が必要とされているのか、などへの考察を読むことは刺激的である。

心と精神に「聖霊」に吹かれる場所を常に残してそこの扉を開いておくことが大事なのだろう。

本当に「器の大きい人」の「器」の中には「神」が宿る場所もあるのだろうなあ、と思う。
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by mariastella | 2015-10-26 01:45 | 宗教
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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