L'art de croire             竹下節子ブログ

『ガープの世界』

先日、arteでロビン・ウィリアムスのドキュメンタリー番組があって、その前にジョージ・ロイ・ヒル監督の『ガープの世界』(1982)が放映された。この映画を観ていないことに気がついた。

昨日の記事で触れたように「時代が変わると家族の形も変わる」ということがこれを見ているとつくづくわかる。

ガープやジェーンがタイプライターで小説を書いているのを見るだけで、PCならいろんなことが変わっただろうなあと思うし、浮気にまつわるカタストロフィーも、携帯、SMSなどがあれば変わっていただろうなあと思う。
今はチャイルド・シートが義務だからこういう事故は防げただろうし。
ジェーンのウーマン・リブも、今となっては、シングルマザーもワーキングマザーも、ただ仕事に専念するシングルの女性もいくらでもいるから、隔世の感がある。

ノスタルジーをそそられるアメリカン・ストーリーで、アングロサクソ・アメリカの自由さとプロテスタントの罪悪感とのずれも面白い。

それでも、今もまったく変わっていない問題も実はたくさんある。

カップルを介さずに子供を産むかどうかの選択や、レイプの問題、群衆がいるところで銃に狙撃されるリスク、性同一性障害の生き難さなどがそうだ。

ジェニーが「欲望が男を卑しくする」と言っているのも基本的には変わらない。

しかしこの時31歳くらいだったロビン・ウィリアムスだが、あまりにもロビン・ウィリアムスであって、「ガープ」という登場人物には見えないので困った。

特に高校生の頃の役など、老けすぎていて現実感がなく、違和感を感じっぱなしだった。

最後も33歳という年齢のようだが、やはり老けている。

ロビン・ウィリアムスが老けているのかもしれないけれど、それとも今の私の周りの30代初めの男の子たちがずっと若いからだろうか。

これも時代のせいだろうか。

アーヴィングはこの原作を、33歳で2人の子の父親である時に書いたと言う。その後で年の離れた3番目の子が生まれているし、「子供を失う恐怖」がテーマの一つと自分で言っているのも、ふーん、この人ってガープのような感じの人なんだったんだろうなあ、と思う。

ガープの奥さんのヘレン役の女優メアリー・べス・ハートがすごく可愛い。

こんな人があっさり学生と浮気するのだから、「欲望に卑しい」のは女性でも同じなのかもしれない。

でも、浮気などが全部結果的に「罰せられる」感じになるのはやはり「罪と罰」的なプロテスタント文化の影響なのかなあと思う。

一貫して強いジェーンはグレン・クローズにぴったりの訳で、すてきだけれど、ジェーンの周りに集まるようないわゆる「フェミナチ」と呼ばれるような過激な女たちとちがって、こういう「ほんもの」のフェミニストはある種の男の怒りをかって結局殺されるのだからやりきれない。

映画の後のドキュメンタリーで見たロビン・ウィリアムスは私と同じ年の同じ月生まれで、去年自死したが、今世紀に入ってのアフガニスタンのアメリカ軍慰問の熱心さには驚いた。

それにしても、アルコールとドラッグと鬱のトライアングルって、一度はまると完全に逃れるのは至難の業のようだ。

欲望が卑しくする、どころではない、欲望に殺されてしまう。
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by mariastella | 2015-10-28 01:45 | 映画
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