L'art de croire             竹下節子ブログ

ポピュリズムと『オデッセイ』

リドリー・スコットの『オデッセイ』について前にも触れたけれど、この映画を観ると、ポピュリズムの仕組みを考えさせられる。

シリア難民対策で、9月始めに海岸に打ち上げられた3歳の子供の遺体の写真が出回ったことで、ヨーロッパの空気がいっせいに変わったことは記憶に新しい。
その子の名前が知られて、はじめて人々はマスとしての難民集団に同じ「人間」を見たのだ。

その日から今まで、108人の子供の遺体が波打ち際や岩礁で見つかったということだが、それは報道されていない。どの写真をどのタイミングで誰がどこに出すかによって世論を動かせる。

10月のひと月でヨーロッパにやってきた難民は20万人を超す。ギリシャには毎日4000人。国境にはヨーロッパの出張所ができてクォータ制に従って家族中心に各国に移送しているが、一日数十人の規模であり、あふれかえる人の波はやはり名のない「マス」にしか見えないのが怖い。

これは動物でも同じで、九十九里浜に流れ着いた傷ついたトドなら救助され手厚く治療され、名前まで付けられて人気ものになれるが、北海道で害獣として毎年何百頭と殺されるトドのことは誰も考えない、というようなものだ。

この『オデッセイ』という映画でも、火星に置き去りにされた一人の飛行士の救出のために、少なからずの人が命を懸けて本気で頑張るし、イギリスとアメリカと中国で固唾をのんでそれを見守る善意の「大群衆」がいる。

映画の予告フィルムに、人間には隣人を助けたがる本能がある、みたいな言葉があって、地震が起こった地域には地政学上の対立を超えて各国からレスキュー隊が送られるシーンを映していた。

アメリカ映画らしく「政治的公正」も相変わらず配慮されていて、宇宙船の隊長が女性、NASAの技術者が中国系、、救出プランを計算したのがそこいらの若者風(つまり道で白人警官に職務質問されてもおかしくないタイプの)の黒人青年であり、ニュースを知って手を差し伸べる中国の宇宙航空研究界、と「人類愛の普遍」が演出されている。

憎しみではなく善意を煽るポピュリズムが悪いとは言わない。

危険にさらされているたった一人をみんなで救うことによる満足体験は貴重だ。

問題は、たいていの場合、煽られた情感を消費するだけで、のど元過ぎればすべてがリセットされてしまうことだ。

誰かを助けた人、窮地にある人に心を寄せた人、困っている人や弱い人に無償で手を差し伸べた人、は、それを忘れてはいけない。それからの生き方の意味を少しでも変えるようにそれを生かさなくてはいけない。

傷ついている人や動物が助けられることを望み、その救助成功を知って歓喜躍如する体験は、ひいきのチームが試合に勝った時の歓喜やアイドルのメガコンサートに行って興奮することと同列にマネージメントしてはならない。

そんなことは当たり前だと思っていたけれど、なんだか今の世の中は、テーマパークの中での出来事もデジタル・ゲームの中の出来事も、テレビで見る映像も、ハリウッド映画も、利潤を生む情感の演出は一様なので、一過性の感動に何かを養われるということがなくなってしまった気がする。

善意や善行を体験したらそれを少しでも栄養にしたい。
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by mariastella | 2015-11-06 08:08 | 雑感
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