L'art de croire             竹下節子ブログ

ルネ・ジラールの死

11/4にルネ・ジラールが亡くなった。

ルネ・ジラールとEえば悪や暴力と聖なるものとの関係や、スケープ・ゴート理論によって私の考え方の基層にしっかり組み入れられている人なので、もう故人かもしれないと思っていたら92歳の最後までお元気だったようだ。

これまで声を聞いたことがなかったが、ラジオで10年前のインタビューが再放送されたので、身近に感じられた。
哲学、人類学、民俗学、社会学、文学、宗教学、歴史学などを学際的に駆使した膨大な論考の大学者で知識の宝庫というイメージがあったが、シンプルで信念があり、ぶれないで、すごいことを断言していたので驚いた。

でも、それを頭に入れて彼の業績を振り返ると、実はずっと同じことを言っていたのだなあと分かる。

彼の断言したすごいことというのは、

今の世界の暴力や戦争をなくす唯一の思想はユダヤ=キリスト教の原点に回帰したものである、

というものだ。

これにはインタビュアーも焦って、ではイスラム教は ? と言った(私にも、じゃあ、仏教は? との思いがよぎった)。

ジラールはさすがにイスラム教の原点では戦争がなくならない、などとは言わずに、ある人が宗教をどのように生きているかによってその価値が決まるのだ、と答えた。

彼の理論を要約しよう。

人間の暴力や攻撃性の原点は他人の真似をするミメーシス(模倣、擬態)の本能にある。

他人が持っているが自分の持っていないものを欲することが争いの種となり、それが嵩じて共同体が崩壊しそうになったら、その攻撃性を回避する為にひとりだけが「罪」をきせられて全員から殺される。
すべての悪を回収するものを皆がつくりあげて、リンチなり処刑なり生贄の儀式なりで葬ることで緊張が緩和して平和が戻る。
その犠牲者はいつの間にか聖性を付与される。すべての宗教の始まりにはそのような原初の殺害行為がある。

ルネ・ジラールがユダヤ=キリスト教がそれを乗り越えるというのは次のような意味だ。

すなわち、モーセの十戒には「殺すなかれ」というものももちろんあるが、最も重要なのは「他人の持ち物を欲するな」というところだ。
「隣人と同じになりたい=他人のものを欲しがる」というミメーシスをそもそも封印する。

これなしには平和はない。

キリスト教はさらにそれをおしすすめた。

ミメーシスのもう一つ、「他人からされたことと同じことをする」というのが「他人のものを奪う」「奪い返す」という行為につながるのが暴力の連鎖になるのだが、キリスト教は、右の頬を打たれても打ち返さない、という徹底非交戦を説いた。

キリスト自身もスケープゴートとして寄ってたかって殺され、弟子たちもミメーシスによってキリストを見捨てるのだが、キリストは抵抗せずに殺されるままになった。

自分たちのために他人を生贄にするというアルカイックな行動から、他人のために「自己犠牲」を受け入れるという革命的行動を示した。
真の救いとは何かを教えたわけだ。

だから、他人のものを欲望しない、ことと
攻撃的ミメーシスを封印すること
の二つがユダヤ=キリスト教の根幹で、これさえ守れば平和は訪れる、とジラールは言うのだ。

すごく単純明快なのだが、彼が膨大な研究からこの結論に至って回心し、キリスト者であることを表明したことが、学者としての彼の評価にとって致命的なものになった。

政教分離と無神論の伝統の上にアカデミズムを打ち立てたフランスでは特に胡散臭いものだと思われた。

学問に神学を取り入れるなどは許され難い。
逆に神学者の側からもジラールが神学をただの科学にしてしまうと警戒された。

晩年にようやくフランスの学士院に迎え入れられたが、ジラールの名声のほとんどは宗教、特にキリスト教神学が普通の人文科学のひとつとして市民権のあるアメリカで得られたものである。
実際ジラールは戦後すぐに24歳でアメリカに渡ってほとんどすべての業績をアメリカで築き、アメリカで死んだ。

けれどもアメリカでの彼の受け入れられ方は、むしろカルチュラル・スタディの枠の中でのものだった。

人間のアルカイックな行動様式の中にキリスト教が撃ち込んだ楔の意味についてはあまり語られない。

多くの社会で、ミメーシスの理論では、父と子の関係で子は父の持つものや力を欲望し、嫉妬し、父殺しにまで至る。
キリスト教の「父と子」では、父はすべてを子に委ね、子はその父を真似て、自分も「無限に与える」側に回る。父に取って代わろうとはしない。

そういう特殊な「父と子の関係」の神学を持ち出されたら、確かに仏教などとは比べられない気がする。

ルネ・ジラールがキリスト教に回心したといっても、彼はもともと1923年のクリスマスに、アヴィニヨン法王庁の宮殿で生まれている。古文書学者でもあった父がアヴィニヨン宮殿博物館の館長だったからだ。
キリスト教的教養はたっぷりあったが当時のフランスのインテリ青年らしく最初は「科学的=非宗教または無宗教」という意識で研究生活(国立古文書学院)に入ったのだと思われる。

先日書いたジャン・ドリュモーもそうだが、フランスのアカデミックな大御所が、もう「宗教は蒙昧」という先入観を捨てたことを隠す必要がなくなって堂々とキリスト教精神の擁護(それは現実の教会やら神学やらの擁護とではない。ルネ・ジラールは現実のキリスト教が「暴力」に対してとったあらゆる妥協や容認や「リアルポリティクス」を糾弾する)をするのを見聞きするのは印象的だ。

それは年を取って丸くなって宗教返りしたとかいうのと違って、彼らの知的資産を人類の未来と世界の平和につなげたいという希求が本気でキリスト教のメッセージの重要性(ジラールは福音書は「神の学」ではなく「人間の学」だという)を確信するに至ったという感じだ。

そのことに拒否反応を示す知識人がフランスにまだたくさんいることにもまた新たに驚かされたが、同年齢のドリュモーとジラールのメッセージについてさらに考えていきたい。
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by mariastella | 2015-11-07 23:03 | 宗教
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