L'art de croire             竹下節子ブログ

カリム・ベンゼマの逮捕と釈放に思う

フランスのサッカー・ナショナルチームのエースであるカリム・ベンゼマが先週だったか恐喝の共犯容疑で逮捕されて、事情聴取の後で結局無罪放免された。

生まれ育ったリヨンの郊外のシテに今も住む両親のところに年3,4度は帰っていてその度に「昔の仲間」となかよく楽しくやっていたところ、その仲間(前科もたくさんある)による犯罪の共犯の疑いがかけられたというのだった。

来年はフランスでユーロ・カップが開催されるので一時大騒ぎになった。

逮捕された日の夜、次の日の朝、昼、と出されたものに一切手をつけないと報道され、心配され、出された食事の内容までも紹介された。そんなにまずいものではないのに、という文脈で。

彼がスター選手として社会的上昇を遂げたのに自分のルーツを捨てることなく友人を大切にしていたことなどが肯定的に語られて、まあその謙虚で信義ある態度が裏目に出た、というニュアンスの報道だった。

しかし、ベンゼマのような移民の子弟がたくさんいる大都市郊外のシテと呼ばれる団地は、無法地帯になっていて学校からドロップアウトした若者たちが麻薬の売買に手を染めて彼ら同士の縄張り争いで暴力が絶えないことで知られている。イスラム過激派の温床にもなっていると危険視されている。

その中から抜け出してほんとうに「出世」する手段のひとつがサッカー選手になることなのだけれど、もちろん天才選手などめったにいない。それなのにシテに生まれた男の子は誰でもサッカーをしないと深刻なハラスメントを受ける実態も知られている。すべてに「仲間といっしょ」という強制力が働く。

今度の件でベンゼマがケチな恐喝に加わっていたなどと考える人は誰もいないだろう。

彼が間もなく釈放されたのは強力な弁護士などの後ろ盾があったことはもちろんだろうが、そもそもベンゼマがウェブの映像だかを使った恐喝などに加る理由がない。

今度のことで知ったが、レアル・マドリードでの彼の収入はなんと月収800万ユーロ(10億円くらい)なのだそうだ(年収かと思った。このくらいの巨額になるとゼロの数の実感がない。去年の年収が5800万ユーロとあったから今年はアップしたのだろう)。

移民の子弟の集まる団地出身の20代の男が年収10億円で、その男が、麻薬の取引や恐喝で暮らしている「昔の仲間」と付き合う。

それ自体が今の時代の目が眩むほどの「格差」の象徴で恐ろしいくらいだけれど、私の思ったのは、どうしてベンゼマが自分の収入の一部を有効に使えないのかということだ。

報道によると、「出世」したベンゼマは、この団地にも収入を還元しているのだけれど、それはなんと「モスク」に寄付しているというのだ。
団地に住む「最大多数」の幸福を考えて、モスクへの寄付が神の加護につながると思ったのか、寄付してくれと言われて応じたのかは知らない。

でも、月10億円の収入があって出身地を愛しているなら、誰かに委任するか財団をつくるかして、団地の中に無料のスポーツ振興センターをつくるとか、職業訓練校をつくるとか、奨学金制度をつくるとか、将来にわたって次の世代が社会で活躍できるようなシステムを構築することだって可能ではないだろうか。

そういう発想をするということ自体が彼の育った環境には欠けていて、今彼を取り巻くビジネスのハイエナみたいな輩からも絶対にインスパイアされないのだろう。

どんなに恵まれていない環境でも、こつこつと教育投資や文化投資をすれば長い目で見ると、年に数度の大盤振る舞いなどとはまったく質の違ういい結果を出せる。

成功したサッカー選手には実際そうやって社会事業に手をそめる人もいた。

スター選手の収入はますます天井知らずなのに、今やなんだかそういう還元意識がなくなり、金という「力」で社会の病を癒そうという使命感など過去のものになってしまったのだろうか。

私たちは本格的に病んだ社会に生きているのか、根本的に間違った社会に生きているのか、のどちらかなのだろうか。
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by mariastella | 2015-11-08 01:41 | 雑感
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