L'art de croire             竹下節子ブログ

有志連合の空爆はテロではない

対IS戦争はトルコによるロシア機の撃墜によってますます混迷を見せている。エルドガンのトルコがNATOに参加しているところからして「共闘」が困難なのは目に見えていた。

それは別として、ひとことだけ書いておきたいのだけれど、日本語ネットで、

中東専門家が、パリの惨劇は米仏などのIS空爆が原因と説明しているとか、TVの報道番組で

「一方で有志連合のアメリカのロシアの、あるいは、ヨーロッパの一部、フランスも含まれますが誤爆によって無辜の民が殺される。結婚式の車列にドローンによって無人機から爆弾が投下されて、皆殺しの目に遭う。これも、反対側から見ると、テロですよね」

と発言した人が批判されているというのを見て、これに関してはこういう言い方をすべきではない、と思った。

ちなみに私はエスカレートする空爆には反対だし、特にあちこちであっさり誤爆するアメリカのやり方とか強面のロシアには危惧する。フランスは言論統制が限りなく少ないのでこの2国よりはましだけれど、「戦争だ」と息巻く今の姿は見ていられないと思っている。ましてや日本がどさくさに紛れて、さあいつでも戦時体制に入れるようにあれこれ準備を、などというのは論外だと考える。

それでもなお、有志連合の空爆はテロではないと言いたい。

それは「暴力」ではあるがテロではない。

「パリの惨劇は米仏などのIS空爆が原因」

などという言い方は完全にISのふりまわす論理なので、そんなものに乗っかってはいけない。

「どっちもどっちですよね」という、例の「一神教同士の覇権争い」、「報復のエスカレート」のような高みの見物の立場をとってはいけない。

日本人の判官びいきというのがある。

第二次大戦で日本をも無差別爆撃した連合軍の暴力があったことの記憶がてつだうせいか、

「有志連合」の強力部隊が激しい空爆をしているのに対して「自爆」を覚悟で数名で大国の首都に乗り込む若いテロリスト、

という一見非対称な戦いに見えるのかもしれない。

また、「イスラエルの戦」車に対抗して「素手で投石するパレスティナの青年たちのインティファーダ」という非対称のイメージもあるだろう。

軍人が敵軍施設に突っ込んだ特攻隊の「カミカゼ」がこちらで自爆テロの代名詞になっているので「弱い者が自己を犠牲にして強い者に向かう」という英雄のイメージもどこかに刷り込まれているかもしれない。

けれども、一応戦争法内での軍事行動の特攻隊と、フランス国籍を持つテロリストによるパリでの無差別テロはもちろんなんの関係もない。

このテロについて、多くの社会学者や政治学者が侃々諤々とコメントするせいで問題が見えなくなっているけれど、フランス国内のテロの実行犯については、少なからぬ犯罪学者が発しているコメントの方が当たっている。

プロファイリングも進んでいる。

このような形の都市型テロは、必ず「狂信」、「怒り」、「殺人衝動」の三段階を経たものだという。

「狂信」は必ずしも宗教とは関係がない。
あるセオリーを、無批判に絶対的に排他的に過激に信じて、社会生活が円滑に送れないステージにいたることである。
しかし「狂信」者が即テロリストになるわけではない。

ある宗教や宗教指導者を盲信しても、全財産を寄付して出家するとか寝食を忘れて祈りだけで暮らすとかいうだけではテロリストにならない。

しかし「過激さ」があるレベルを超えたところで、それを他者や他宗教や他民族などに対する怒りに誘導され、その怒りのはけ口、また「解決法」として他の人間の命を奪うという決定に至った者がテロリストになる。

都市型の無差別殺人の多くはそういう経緯をたどっているので、それをどのレベルでどのようにチェックし食い止めるのかが防止法になる、と犯罪学者たちは言う。

もちろんフランスではこのプロセスがムスリム共同体の実態と深く結びついているのは事実だ。
といっても、2,400あるモスクの中で、共和国理念と両立しない宗教原理主義を説くイマムのいるところは100ヶ所くらいしかないそうだ。しかし3分の2のモスクは、軽犯罪やドラッグ売買や武器流通が横行する非行青年たちの共同体の隠れ蓑になっていて、ISがリクルートするのはそういう場所なのだ。

彼らに対して、よく考え抜かれた「狂信」「怒り」「殺人の正当化」のメソードが適用されて、「選ばれた者」がISで「訓練」されてから国に戻って任務を遂行する。

移民の子孫でないいわゆる「普通のフランス人」も「狂信者」とのコンタクトによってテロリスト側の世界に踏み込んでしまう。

「西洋諸国の独善によるIS空爆というテロに対抗するジハード」という正当化はその時にまず与えられるお題目だ。

しかしイラクやシリアのIS占拠地区で住民に対して暴虐の限りを尽くしているのはISであって、英米ではない。

無数のキリスト教徒や他のマイノリティが殺され、奴隷化され、追われている。ISはそれを公開して誇り、恐怖と共に一部の人間に倒錯的な求心力を及ぼしてさえいる。

「普通のムスリム」たちも、音楽やスポーツまで奪われ、処刑され、恐怖政治のもとにある。だからこそ何十万人もの難民がヨーロッパに逃げてきているのだ。

私は英米が2003年にイラクに軍事介入したことをはじめとしてフランスのアフリカへの軍事介入の仕方にも異を唱えてきた。

解決策は別にあるはずだと実際に模索もしている。

それでもなお、「空爆もテロだからどっちもどっちだよね」的な「ISの思うつぼ」的な言辞をメディアなどが軽々しく口にすることは戒めるべきだと考える。

弱者の正当防衛による必死の抵抗と、ISテロリストの占拠地でのテロや国外での無差別テロを混同してはいけない。

ISの占拠地では弱者やISに従わないものは毎日のように問答無用に殺されているのだ。

幸い直接の身の危険を感じずに済む安全地帯にいる人は、考えて、考えて、考え抜かなくてはいけない。
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by mariastella | 2015-11-26 00:10 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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