L'art de croire             竹下節子ブログ

フランスのテロ、マルク・フェロ、そして私のやること

前に「有志連合の空爆はテロではない」、というのを書いた。

その後、今は消去されたようだが、あるフリージャーナリストがネット上で、すべてはアメリカの2003年のイラク侵攻から始まった、アメリカに無差別攻撃されて殺されたイラクの一般市民の怒りが自爆テロになったのだ、という意味の記事を書いていたので驚いた。

私は2003年の米英のイラク侵攻にずっと反対していた。

アメリカという国が銃など武器の携帯や使用のハードルが低いせいか、爆撃に慎重さがないのはフランス軍も驚いているという記事を書いたこともある。

「侵攻」へのハードルも「誤爆」のハードルも低い。

第二次大戦末期のフランスで、多くのフランス人がアメリカの空襲で命を落とした。町も大量に破壊された。早々と降伏して占領されて親ナチ政権を作ったからドイツ軍からはあまり被害を受けていない。
少なくともアメリカからの被害とは比較にならない。

最近ようやくタブーを破ってその実態を書いた本が出てきている。

まあ、なんと言っても、アメリカにつくことでド・ゴール将軍の自由フランスが連合国の一員として「戦勝国」の仲間入りできたのだし、破壊された都市の「復興」で大儲けをした人たちもたくさんいたから、「アメリカ軍の爆撃で殺されたから復讐する」という話はきいたことがない。まあ補償がいろいろな形でなされたこともあっただろう。

いや、私がここで言っておきたいのはそういうことではなく、

「2003年のアメリカ軍の無差別攻撃はテロと同じで、そのせいで絶望した弱者が聖戦にめざめた」
という単純な図式は、完全にテロリストサイドの図式であり、そんなものを日本のジャーナリストが繰り返してはいけないということだ。

前にも書いたけれど、パリなどの先進国で展開されているテロは、イスラム過激派という一種のカルト団体の洗脳に基づいてプログラムされたものだ。
これはこれできっちり、犯罪学やカルト対策専門家に対応してもらうべきものである。

人は絶望したからと言って必ずテロリストになるわけではない。テロに至るまでには絶望から怒り、怒りから報復という殺意へ導くプロセスが必ずあって、それを組織的に行っているのがISだということだ。
だから別に移民の子弟だとかゲットー化した場所に住む若者だけでなく普通の意味では絶望をする状況にない「代々のフランス人の若者」までがターゲットにされて取り込まれている。
これらを予防したり逆洗脳することが必要だ。

しかしそれよりもさらに深刻なのは、ネットで広く知られるようになったようにブレストのイマムが子供たちを集めて「音楽は悪魔のものでを聴くと豚になる」など堂々とフランス語で演説しているような状況だ。

もちろんISのテリトリー内ではもっとひどい。

ISは占領地域で多くの子供を拉致して兵士として洗脳している。
また、もっと遠大な計画のもとに、多くの女性を拉致したり勧誘したりして「兵士」たちと「結婚」させ、子供を産ませて、その子供を集めて教育している。
3歳の子が武器を持たされる。
小学生ほどの男の子たちが迷彩服を着せられ、訓練され、イスラム法を厳格に守らない不信心者は西洋人であれ、イスラム穏健派であれ、みな憎むべき、殺すべき対象だと教えているのだ。
その様子もビデオに撮って堂々と流している。

もちろんイスラム教系ではないカルト宗教でも、はじめは人生に悩む若者たちを励まし、救い、洗脳し、まあそれが金を貢がせるだけならまだましだけれど、無差別テロの実行にまで導くタイプのものがあることは日本も経験済みだ。

でも最も悪質なのは、子供を巻き込むことだ。
子供連れで「出家」させて親と引き離して純粋カルト脳に仕立てるなどである。
教育現場における思想統制や教育支配ほど、人間に特有な悪はないと思う。
そのようなカルトの摘発や規制が社会にとって最優先の課題であってもいい。

その意味でISのしていることはまさに人道に対する犯罪なのであり、それを「アメリカに力にまかせた無差別攻撃をされたから弱者が自暴自棄で復讐を誓い自爆テロリストになった」かのようなIS言葉で解説してはならない。

もう一つ、「2003年のイラク空爆がIS誕生の遠因」というような言説が間違っていることに関しては、アルジェリアの大学の教授をしていたこともある歴史家のマルク・フェロ(91歳!)が最新の本で解説している。
「イスラム過激派」の誕生は、少なくとも、1928年のイスラム同胞団の誕生にさかのぼらなければならないという。

ヨーロッパの近代は、キリスト教のヘゲモニーを倒すことで確立してきた。実は欧米的な平和主義も民主主義も普遍主義も平等主義も、野蛮で蒙昧で欲望全開の世界において『福音書』のメッセージがようやく発酵したという形で形成されてきたのだが、既成権力者、権威者、支配者としての「教会」はそれを体現していたわけではないから、王侯貴族と共に、民衆やブルジョワジーによって倒された。
歴史的に言って、その対象となったのはローマカトリック教会だ。

それでも奇跡的に生き延びたカトリック教会は、まあよく考えてみたら、革命家や共和国主義者たちが言ってることって、実は福音的なことじゃないのかと思い当たるわけで、
「そうだ、反省しよう」みたいな形で、
「自由、平等、同胞愛? それってキリスト教的だよ、ぼくらの伝統は伝統でやっていくけど、政教分離で十分共存できるよね」という道をたどった。

宗教が「近代化」したのだ。

そうなると、カトリックの聖職者などは終身だし、独身だし、普通の国の政治家たちのような選挙活動だの権益のための誘惑がない分、

「自由、平等、同胞愛(同胞というのはすべての人間が神の子という意味)っていうのは理念だけじゃなくて実践もできるよー」

と近代理念の優等生のような人も出てきた。

ヨーロッパの政治家が「神は最近になって近代理念に改宗した新参者で私たちには必要ない」と言ったのはそれを牽制したものだ。

で、欧米の「キリスト教由来の近代」史観を持っている人たちの目には、イスラム過激派というものが理解できなかった。
イスラム過激派というのは、「近代社会をイスラム化(イスラム法を厳格に適用)する」というのを目標としているからだ。
いわゆる欧米人がそれをいかに理解していなかったのかを示すのは、ホメイニ革命を見たときである。
イランのシャーが倒された。革命というと「王と宗教が民衆とブルジョワに倒される」という認識しかなかった彼らには、ホメイニが王を倒すために当時の共産勢力と手を組んだことなど全く理解できなかったのである。
ホメイニはイランのためにイスラムを掲げたのではなく、その反対だった。

マルク・フェロは15年前にモロッコの大学で講演した時の出来事を語る。
彼がアルジェリアで教えていた過去もあることですべて和気藹々と進み、夜は10人くらいとディナーになった。

イスラムのこと、イスラミズムのこと、イスラム同胞団のことなど、なんでも自由に話し合った。

フェロがふと気づいて、「ところであなた方の奥さんはどうしていっしょではないのですか」と訪ねると、場の空気が凍りついたという。

ひとりがある包みを持ってきて、フランスに戻ってから開いてくださいと言った。

それは『近代をイスラム化する』というタイトルの1997年発行の本だった。

キリスト教が近代化を余儀なくされたように国際社会で共存するために「イスラムを近代化する」というのではない。
もっともキリスト教はローマ法がすでに適用されていた世界で生まれ、「カエサルのものはカエサルに」という有名な言葉によってすでに「政教分離」のベースを持っていた。
イスラム教の方は、砂漠の部族社会の間に宗教共同体と同時に政治共同体がセットになって生まれたから、原理主義者たちが「政教分離」と逆の方に行くのは当然で、過激派は最初から「近代世界のイスラム化」という壮大なプランのもとに動いていたとフェロはいうのだ。

これはキリスト教文化圏の国でなくても日本人にとっても想像できない発想だ。日本だったら、たとえ極右ナショナリストだとか、神道復帰とか、欧米から押し付けられる普遍主義などやめて本来の古き良き日本の美徳に戻ろうとか、そういうことがあっても、いわば内向きで、「全世界を日本風にしよう」なんていうのは「過激派」の発想にはない。
日本に生まれた救世主が世界を救う、式のカルト宗教があっても、それはまた別物だ。

ともかくそういうイスラム過激派の発想を、ヨーロッパでは誰も直視せず認めようとはしなかった。
その路線ではすでにイスラム世界で1950年代から過激派によるテロが起こっていたという。
それなのにヨーロッパは、格差問題だとか移民差別の問題などに落とし込み、過去の植民地政策の罪悪感で正当化し、冷戦時代のご都合主義や石油利権への思惑を優先してきたのだ。

そのようなイスラム過激派が石油、武器、インターネットを駆使して地域実効支配にまで至った現実にどう対応するのかというのは、それにすでにとり込まれている子供たちや女性たちをどう救うのか、巧みな勧誘の魔手にさらされる青年たちをどう守るのか、といったことと別に考えなくてはいけない。
見ないふりをしていては、リスクが高まるばかりだ。ひとりひとりが目を開かなくてはならない。

では私が具体的に何をするかというと、やはり、ブレストのイマムが子供たちに音楽は悪魔から来ている、聴いただけで豚か猿になると言ったことに対抗して、とりあえず音楽による子供の教育を続け、公共の開放的な場所でコンサートをすることだ。

その1. ピアノやギターの生徒たちに音楽を通して分かち合える幸福を知ってもらう。

その2. 誰かを喜ばせたいというインセンティヴで家を出た子供たちが、森で出会う恐怖を分別することで恐れを克服するというデジタルの音楽童話を完成させる。(曲は18世紀フランス・バロック音楽のみを使っている。)

その3. 少し先の話だけれど、6/11にパリのフィルハーモニック音楽都市の広場で200人の弦楽コンサートにヴィオラで参加する。その後、フィルハーモニーの本舞台であるジル・アパップのコンサート(こちらは有料)のアンコール曲をジルやオーケストラといっしょに弾く。彼のサイトのモーツァルトのコンチェルトのカデンツァの動画を見ると幸福感が伝わってくる。
大人数だから譜面台など使わないので暗譜しなくてはいけないのが心配だけど。4曲分の楽譜をもらった。

音楽を弾圧するような宗教原理主義、コンサート会場を襲ったテロリストらへの、ひとまずの答えである。
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by mariastella | 2015-12-07 08:44 | フランス
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