L'art de croire             竹下節子ブログ

フランスと爆撃

第二次大戦でフランスがドイツに占領された後、「連合国」に爆撃され続けたことはみな知っている。

ドイツ軍の基地などはもちろん、海岸線や鉄道の集配所のあるところで、連合軍の空爆によって家族に死傷者を出した人を身近にもたくさん知っている。

誤爆もしょっちゅうだったが、ほとんど絨毯爆撃のように一夜で町が全滅したケースもあるし、その再建で財を築いた人も知っている。

私の住んでいる町はドイツとパリが直結する鉄道の要地だったので、爆撃作戦にはっきり名前が挙げられている。住んでいる2軒長屋は1880年築のもので、焼け残った運の強い建物だ。今でも駅の周辺で不発弾が見つかる。

英米軍による爆撃は、第一の目的が味方に犠牲を出さないことなので、高度を下げず、爆弾投下の精度は極めて低く、誤爆が日常的だった。

実際、最後は、日々進化する爆撃機や爆弾を「試す」ために積極的に必要以上の攻撃を繰り返したらしい。

ドイツ軍の軍事施設はすべて外れて、子供を含む何千人もの一般人が一夜にして犠牲になったケースもある。。

最終的に6万人以上のフランス人が死んだ。

イギリスに潜伏していた「自由フランス」のパイロットが志願して6機で出撃した時は、2機が撃墜されたけれど誤爆はせず爆撃の目的を果たしたという。当然だけれどフランス人は同胞を危険に陥らせないために低空飛行して犠牲を厭わなかったのだ。

イギリスのパイロットが不時着すると、フランス国内のレジスタンス・メンバーが救って、普通の服を着せてドイツ兵の前で何食わぬ顔をして、エッフェル塔の観光に案内している動画ものこっている。

そんな事情を映す「連合国空襲下のフランス」というドキュメンタリー番組を見ていると胸が悪くなる。

ドイツから解放してあげます、と気前よく落とされる爆弾。

サダム・フセインから解放してあげます、カダフィから、アサドから解放してあげます、民主主義と平和をあげます、と言ってアメリカやらフランスやらが空爆している図と基本は変わらない。

第二次大戦の頃より空爆の精度は上がったかもしれないけれど、

「誤爆しても誤差のうち、大義の前にはまあいいや」

という心の持ちようは変わらない。

フランスはそれでも、英米系の空爆に懲りた経験のせいか今でも慎重ではある。

フランスがシリアを空爆したからISがパリに報復テロ、なんていうのはただのレトリックだ。

こういうデータもある。

それだけではない。

アメリカでは、ヨーロッパなんて対岸の火事だから、フランスの戦場に向かう兵士のモティヴェーションが上がらないというので、連邦政府が何を言ったかというと、

「フランス女は軽く、色気がある」と刷り込んだという(これは別のドキュメンタリー)。

これでは、若者をシリアに誘うISが、「うちに来たら性奴隷の女性がよりどりみどり」と言ってジハードに参戦させるのと変わらない。

で、実際、ドイツ撤退後に米軍が進駐したフランスの町には娼婦もあふれたし、レイプも多かった。

それが告発された時には米軍はみな「黒人兵」のせいにして処分したという。「二級アメリカ人」がいるのは便利だった。

だから、「フランスをドイツから解放した」といって米軍が意気揚々と乗り込んできた時に、空爆で廃墟になった路傍で歓迎したフランス人たちの心は複雑だった。

女性を守る代わりに、ドイツ兵と関係したことのある女性を自分たちでよってたかってリンチしたこともそのような歪んだ心理の表れだったのかもしれない。

それでも、第二次大戦の終結におけるこのフランスの黒歴史が、早くからドイツとの和解を進めて「ヨーロッパ」を再建す決心に結びついたのは間違いがない。「連合国の爆撃によって廃墟になった町を抱える」同じルサンチマンも底に流れていたかもしれない。

フランスが今でも英米と一線を画するやり方や、誇りと自虐の共存もその辺に起因する。

もちろんそこに至るまでに、ヨーロッパが中世以来すでにあらゆる「傭兵」たちを駆使した勢力争いや領土争いをくぐり抜けてきた経験資産みたいなものもある。

基本が島国である日本とは事情が違う。

それにしても、今の時代なら、テロはもちろんちょっとした災害でも事故でも、すぐに被害者や被害者の家族らのためにトラウマをケアする心理学者らのチームが送られる。

占領下とはいえ「一応普通に暮らしていた」庶民が、

「いよいよ連合国が上陸して解放されるんだって」

と心を躍らせる間もなく、「解放者」から集中的な爆撃を受けて家も財産も隣人や家族も失った状態で、さあ、喜べ、解放だ、自由フランスは戦勝国で連合国の仲間だし、と言われても、そのトラウマを解消するすべなどなかっただろう。

生き延びるための本能に導かれてみんなが必死に再建に向かうしか選択がなかったのだろうけれど、その陰で犠牲になった人や力尽きた人も数知れないことだろう。

日本とフランスの相性がいいのは、アメリカに対するジレンマを抱えていたり、自国の非戦闘員に多大な被害を与えた攻撃者を糾弾、非難することができなかったという不全感が共通しているからかもしれない。

前から感じてはいたことだけれど、数年前から第二次大戦末期から直後にかけての事情のタブーが消えていろいろな資料が公開されるようになったのであらためて考えさせられる。

そして一応「戦勝国」側のフランスでさえこうなのだから、もっと複雑なトラウマを抱える日本が、過去に侵略した国々や占領されていたアメリカと「健全な関係」を結ぶのが困難なのも不思議ではない。

でもそのひずみを次の世代に伝えていかないためにどうするかが、大人全部の課題なのだろう。

「勝利する」と驕りへの誘惑があり、「敗北する」と学びへのチャンスがある。
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by mariastella | 2016-03-07 00:10 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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