L'art de croire             竹下節子ブログ

16世紀のイエズス会士たちにとって日本は島国だったかどうかの話

恒例のルネサンス学会に出席したら今年はテーマが「島」だった。

「島国」日本の出身の私には興味深いものだった。

でも大陸に住んでいる人にとって島が異界であるように、島国に住んでいる日本人にとっても島は「鬼ヶ島」みたいな異界である。
要するに、自分の住んでいる所は「島」ではなく「大地」であり、島とはいつも「異界」でフラクタル構造をなしているのだ。

「島」としての日本についてイエズス会士たちがどう考えていたのかはおもしろい。

宣教というのは、「地の果て」まで踏破するのが英雄的行為であって、「航海」自体は宣教の共同幻想に入っていないのだ。

で、日本でも、海岸線には興味がなく、支配者のいる場所、知識人のいる場所に向かって「邁進」した。

ただし、宣教地をまわる時に、キリスト教化したふたつの藩の間に反キリスト教の藩がある場合は、陸路を通らずに海路を迂回した。

海路は手段に過ぎなかったわけだ。

いったん日本に入った後のイエズス会士たちの日本のイメージは、日本人と同じように「大地」だったというところがおもしろい。
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by mariastella | 2016-03-20 23:51 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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