L'art de croire             竹下節子ブログ

聖女ジェルメーヌ

聖女ジェルメーヌは「カボチャの馬車のないシンデレラ」と呼ばれている。

1579-1601年に南フランスのトゥールーズの近くのピブラックで生まれた羊飼いの少女だ。

(今日本語で検索したらこういうのがあった。)


虐待される人、貧者、身体障害者、病者の守護聖女だ。

なぜ「シンデレラ」かというと、「継母から虐待された」からなのだけれど、シンデレラとは違って最後まで不幸な身の上のまま若くして亡くなった。

けれどもその遺体が40年後に取り出された時、腐敗していなかったことでそれは「神に呼ばれた」証拠だとされた。

生きているうちに王子さまには見そめられなかったけれど神に選ばれていたというわけだ。

後はお決まりの展開だ。

「腐敗しない遺体」は聖性の証拠だというので、みなが神への取次ぎを頼み、奇跡が次々と起こり、同時に「生前の少女の身に起こった奇跡譚」も紡がれていった。

エプロンから花がこぼれ落ちるなどというのはよくあるパターンだけれど、川を渡って教会に行こうとする途中でアンジェルスの鐘がなったのでその場で跪いたら川の水がさっと引いたというエピソードはすがすがしい感じがする。

このサイトの腐らない遺体の聖人や福者の336名のリストの127番目がジェルメーヌで、こんなにたくさんいるなら日本の即身仏よりも多いんじゃないかとも思う。

「腐らない遺体」にはいろいろなケースがあるけれど、聖人(になるべき人)だから大事に保存しようという意図や期待がある場合とちがって、ジェルメーヌは遺体が腐っていなかったことによって「聖性」を付与された典型例のひとつだろう。

でも、詳しく見ると、1854年の列福の時には、骨に蝋をかぶせて人型にして立派な服を着せたとあるし、1939年にはその骨から蝋をとりのぞいて聖遺物棺の下にまとめて納め、その上に新たにマネキンを寝かせた、というよくあるタイプだ。

こういう聖遺物棺が今でもバジリカ聖堂におかれている。


(蝋のマスクもなしの迫力で崇敬されているカスシアの聖女リタはやっぱりすごい。)

遺体の保存状態がいいといわれても、だからどうした、と言いたいところだけれど、キリスト教の中には、キリストを信じるものは死んでも生きる、という「死後の生き方」の福音みたいなものがある。
それを想像し期待するよすがとしてこういうタイプの聖遺物があるのだろう。

それにしても聖女ジェルメーヌは、病気、障害、虐待などひどいことの連続の生涯だったけれど、それに加えて、喜びを持って毎日ミサにあずかったとか、その間に羊が狼に襲われなかったとか、自分よりもっと貧しい人になけなしのパンを分けたとか、しかるべきエピソードと共に「聖女」として新たに生まれ、人々の祈りに応えてきたわけだ。

「腐らない体」は、そういう聖女を世に出すひと押しになる出来事だったのだ。
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by mariastella | 2016-04-02 07:43 | 宗教
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