ヒトラーと神とエヴァ・ブラウン
白水社の『ふらんす』に連載していた『ナポレオンと神』を単行本化するために構想しなおしているところだが、実は、頭の中では「ヒトラーと神」というテーマが重なって蠢いている。
ナポレオンとヒトラー、この2人はカトリックのカルチャーの中で生まれ育ち、その儀式やら規律やらがわりと好きだったという共通点がある。 ナポレオンはそのカトリック教会を排斥したフランス革命の革命思想とフランス文化のベースにあるカトリックとの折り合いをつけながら、いかにして自分が神に取って代わるかを考えた。 ヒトラーも、福音ルター派とカトリックがせめぎあっているようなドイツにおいて、宗教の問題にかかわらずにそれを飛び越えて自分が神に取って代わろうとした。 神のオーラを自分に利用できる限りは、既成の諸宗教の教義や典礼に対してむしろリベラルな態度をとっていたといってもいい。 ユダヤ人の殲滅は彼にとって「人種」の問題で、別にユダヤ教を攻撃していたわけではなく、エディット・シュタインのように、カトリックに改宗したユダヤ人でも収容所に入れられて殺されている。 エヴァ・ブラウンもカトリックだったが、この2人が自殺の前日まで結婚しなかったのは、ヒトラーが「ドイツと結婚した」男として女性票を得たかったからなどと言われている。 これも、「キリストと結婚」することで生涯独身を通すカトリックの司祭職が「神の代理人」としてのイメージを強固にしていることと共通する。 普通の「独裁者」なら、自分の得た権益を「子孫に残す」ために血のつながった子供を残したがり、姻戚関係をつくるために他の権力者の娘と結婚したがる。ナポレオンも例外ではなかった。 ヒトラーは結婚したがっていたエヴァに「天才には子供はいらない」と言っていたそうだ。 この言葉からは、「結婚する」ことが「子供をつくる」ことと同義であり、ヒトラーが「結婚したくなかった」のは「子供をつくらない」という意志に関係していたのかもしれない。 だから死を前にした時には結婚に同意した。 自分の親戚よりもエヴァの親戚を徴用しているし、エヴァの姉がユダヤ人医師と結婚すると国外へ逃がしてやったり、エヴァが1人で寂しくないように妹も養ったり、両親や親族といっしょに南仏へバカンスに送り出したり、エヴァ自身が撮影して残した多くの映像からは、ほとんど相思相愛の雰囲気すら伝わる。 ベルクホーフの山荘にやってきた子供たちの手を引いている姿は、家庭的ですらある。 山荘のホーム・シネマ室では、ドイツでアメリカ映画の上映を禁止していたのにかかわらずエヴァの好きなハリウッドの恋愛映画や、自分の好きなウエスタンの映画を2人で観ていた。 子供のころからカウボーイごっこが好きで、しかもかならずリーダーの役をつとめていたという。 山荘ではなんとチャップリンの『独裁者』を見ていたという話もある。 私は『独裁者』をはじめて見た頃、なんとなく戦後の映画かと思っていた。映画の印象が強烈だったので、記録映画のヒトラーの映像を見ても、なんだかチャップリンと重なって、滑稽で、どうしてこんな男がこのような国民的人気を博したのだろうと不思議だった。 エヴァ・ブラウンのカメラに映るプライヴェートのヒットラーは、あの髪型と髭をのぞけば、エヴァのような女性に愛されたことが何となくわかるような「普通の感じよさ」さえ備えていたように見える。 つまり、エヴァは、彼の権威や権力に魅力を感じたり利用したりしようとたというよりは、「神」を演じていない時のヒトラーのことを屈託なく普通に好きだったという感じが映像から伝わってくる。 「神になりたい」男が、時代の情況をうまく利用して、自分の国の大祭司としてセルフプロデュースした手腕と、その過程でいとも簡単に非人間的な怪物になっていく様子には、戦慄させられる。 ヒトラーには第一次大戦中にフランス人女性との間をもうけた子供がいるという話もよく知られているが、真偽のほどは定かではない。第一次大戦中にはジャンヌ・ダルクに関する神秘体験?をしたという話もあった。 自分を神格化するに際して、ゲルマンの神々のネオ・パガニズムを利用し、基本的にニヒリスティックで無神論的な国家社会主義に宗教的典礼と演出を採用した。 「慈悲のモラルを持つユダヤ=キリスト教」 と、 「ドイツ国民とその運命、血の中に流れる神と自然に対するエネルギッシュで英雄的な信仰」 とは両立しない、 と語るヒトラーは、「ドイツ教会」とか「ドイツ・キリスト教」などはどこにもないユートピアだ、人はキリスト教徒か、ドイツ人かのどちらかでしかあり得ない、と言った。 フランスがずっととってきたガリア教会主義とは反対だ。 ナポレオンとヴァティカンの「コンコルダ」と、1933年7月にヒトラーの締結したコンコルダとのちがい、国家社会主義を批判するカトリックへの迫害とルター派のへの迫害との違い、ライン神秘主義との関係など、興味深いことは次々と出てくる。 楽しみだ。
by mariastella
| 2016-04-03 07:10
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