L'art de croire             竹下節子ブログ

『母と暮らせば』

日本に向かう機内で山田洋次監督の『母と暮らせば』を観た。

去年が隠れキリシタンの信徒発見150周年だったし、毎年暮れの「ゆく年くる年」のミサの様子などで長崎というとカトリックという刷り込みが日本人のマジョリティにあるのかなあと思わされる作りだったのに驚いた。

フランスのドキュメント番組で、長崎の大司教が長崎のカトリックにはずっと邪宗門として迫害されたトラウマがあって云々と答えていたのを聞いて、そんなことないよな、長崎の人ってほんとにそんなこと考えているのかなあと思ったことを思い出した。

映画では、亡くなった家族にいわゆる陰膳を供えるような普通の日本人家庭の仏壇の代わりにキリスト教の祭壇があるという感じだった。

祭壇の前でイエズス・マリア・ヨゼフと唱えるとか必ず「アーメン」で終わるとかいうことの他に、キリスト教っぽいのはヒロインが「父よ、私の魂を御手に委ねます」という部分で、信徒の苦しみは十字架の上で死んだイエスの苦しみに重ねられて、「父」のみ旨に従うというところだ。

それでも息子の幽霊が「運命だ、諦める」と言うと、母は「運命じゃない、地震や津波は運命だけど戦争は人間が始めたんだから」と抗議する。反戦映画になっている。

3・11の震災の後で日本の少女がローマ法王に、神様がいるならどうして自分たちはこういう目に会わなければならないかと手紙を書いたことは有名だ。

ある意味で、分かりやすい個人的な因果応報の「罪の報い」とはならない災厄を前にした時に人は運命論で諦めようとすることがある。
それに対抗するためにキリスト教の神は独り子を捧げたわけだ。

けれども、災厄の後で発せられる「なぜ私が」、とか「なぜ私じゃなくあの人が」という問いは永遠に残る。

興味深いと思ったのは、幽霊がなぜ3年も出てこれなかったのかという説明に、突然の死を実感できなかったからといことの他に、母親が息子の死を信じていなかったからだという部分だ。

生者と死者の双方がアンテナを立てないと彼岸とのコネクションが成立しないという説と合致している。

幽霊が泣いたりして動揺すると消えてしまうというのも、相手に向けてのアンテナがなくなるからだ。

他に気になることもある。

70年前のカトリック世界で、「終油の秘跡」を受けずに多くの信者が死んだことは、「それでは天国に行けない」というトラウマにならなかったのだろうか。長崎のカトリック教会はどういうケアをしたのだろうか。

フランスでは、第一次世界大戦の時に行方不明を含む大量の戦死者が出た時に、従軍司祭の役割も含めていろいろなことが変わった。政教分離法成立の後だったが、戦死者はそのまま「聖人」扱いされて、教会のステンドグラスも飾った。

こういうのとかこういうの

イエスと子供たちの画像のステンドグラスを戦死した息子の顔とともに教会に寄付した父親もいた。

こういう風に共同体ぐるみで喪と癒しのプロセスを実現するには、やはり「宗教的な場所」が必要だったのだろう。

その意味で、『母と暮らせば』の映画で、関係者の多くが「信者」だったり、最後の教会での葬儀に皆が集まって母子が天に帰っていくのが結末だったりするのはなるほどと思うけれど、広島は? 

広島でも、原爆で焼失したカテドラルが、戦後、世界平和記念聖堂として再建されている。被爆したドイツ人司祭は日本に帰化したそうだ。

平和を希求する精神から逸脱しない限り、ユニヴァーサル系宗教施設の果たせる役割は小さくない。
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by mariastella | 2016-04-13 15:55 | 映画
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