L'art de croire             竹下節子ブログ

ニコライ堂

先日、初夏の東京で、カトリックのカテドラル聖マリア大聖堂と、正教のニコライ堂(東京復活大聖堂)を訪問した。

ニコライ堂は御茶ノ水の聖橋口(聖橋は湯島の聖堂とこの大聖堂を結ぶ橋なのでこう名付けられたそうだ)からすぐ、とても便利なところにあるのだけれど、敷居が高いイメージで「拝観時間」がちゃんとあることを知らない人が多い。

拝観料300円もちゃんととってくれるから敷居が高いということはない。

私が行った時は正教の復活祭(カトリックよりひと月遅い。春分後の満月の数え方の違いによりずれている。ニコライ堂では「うちは聖書のそのままなので正しいです」と教えてもらった)の後の「光明週間」だったので、普段は閉じられている扉(イコノスタシス)が開けられていて聖画が見える。

カトリックの聖遺物に相当する「不朽体」は、祭壇の前の立派な柩のようなものに収められているが、中身を聞くと、聖ニコライの遺骨ではなくてひげなのだそうだ。ひげなら確かに腐らないし、正教の聖職者はみな長いひげを蓄えているから聖別される前から記念に別にとっておくのだろうか。遺体は谷中の墓地に埋葬されているという。歴代の主教も、ロシア人は「正しい」埋葬で、日本人は火葬でもOKとなったとのこと。

キリストをハリストスと言うように、他のキリスト教の日本語とかなり違うのは知られているけれど、それも聖ニコライが最初にギリシャ語から日本語に訳した「正しい」言葉を継承しているからだそうだ。
聖母マリアは神の母テオトコスそのままの「神を生んだ女」で「生神女」と呼ばれるのもよく知られているけれど、

「これだけ巷にキリスト教の言葉として通用している言葉とずれが生じてきても問題ありませんか」

と聞くと、それも最初の訳が「正しい」から、と言われた。

何かにつけて「正しい」が連発されたのは「正教」が「正しい」教え、ということと連動しているのかもしれない。

16世紀にカトリックの宣教師が神を「大日」と訳して誤解を招いたり、結局ラテン語そのままで「デウス」にしたら「大嘘」とからかわれたりと試行錯誤を繰り返したことなど思い起こされる。

聖母マリアは、ヨーロッパ系の言葉では一般に「処女」「聖なる処女」Vierge, Virginというのが普通の形容だけれど、日本語では童貞女とか処女とかおとめとか訳されてそれでも結局、そういう性的含意のある言葉よりも、母性全開の「聖母」が最も親しまれているのは文化の違いだろう。

「インカルチャレーション」で宣教地の文化を取り入れるという方針も今は一般的だと思っていたので、「最初の翻訳」の「正しさ」にこだわるのは新鮮ですらある。

「拝観料」を払うとニコライ堂の歴史や八端十字や正教会の系統図が書かれたパンフレットとろうそくをもらえて、中で火をつけてお供えできるようになっているのはそれこそ日本的な「お参り」の感じがする。

日本のカトリック教会では消防法の関係とかで蝋燭を供える場所を見たことがないので、聞いてみたら、それは消防署から特別の許可をとっているのだという。

お寺や神社でろうそくや線香を供えることができるのは伝統による特例なのかと思っていたら、許可を申請したらキリスト教でもOKらしい。

東京カテドラルの敷地内には実物大のルルドの洞窟があるのに、そばの蝋燭台には蝋燭が一本もなくて、年中大蝋燭がぎっしりと立てられて輝いているルルドのことを思って寂しい気がしたところだったので、ニコライ堂を照らす蝋燭は嬉しかった。

私の知っている正教はギリシャのものなので、聖体パンに無酵母パンを使わないこと、ギリシャでは信者が自分でパンをもってきて教会に入る前にあずけること、3,4時間も日曜の典礼が続くので人々は自由に出たり入ったりすること、などについてニコライ堂はどうなのかと聞いてみると、何しろ「正しい」やり方なので日本でも大体その通りだった。
ただし、パンは教会で用意するとのことだった。
幼児洗礼を受けていればその後の「要理」などはなしに6歳(?)になれば聖体をもらえる(領聖)。
それは家族から信仰教育を受けているからというのが前提だそうだ。
もちろん前日か日曜の朝に「痛悔(告解、懺悔)」をしなければもらえないし、前日の夜から何かを食べてしまっていたらもらえない。

「痛悔」して赦しを受ければ、特に償いの祈りなどは課せられない、「痛悔」すること自体が償いにつながるのだろうか。
普通のパンでは嚥下能力の堕ちた人には不便ではないかと聞いたら、それは葡萄酒に浸すので嚥下しやすくしているので大丈夫だということだった。

全体として煩雑に見える多くの約束事は一昔前までカトリックでも守られていることなので懐かしいような気分もある。

日本のような国ではこのような聖堂で行われることは「未信者=普通の人」にとってはどうせ「異世界」「別世界」なのだから、約束事がたくさんあって敷居が少し高いくらいの方が「ありがたい」気もしてくる。

地下聖堂(クリプト)はなく、信者の分骨は上の階にあるのだそうだ。

祭壇は東側にあり、向かって右手南側では七五三の祝福、結婚式など、左手北側では痛悔と葬儀があるそうだ。七五三というところがとてもインカルチャレーションだけれど、それもきっと聖ニコライが最初から始めたので「正しい」のかもしれない。
信者が神社にお宮参りや七五三に行ったらどうしますか、と聞いたら、信者ならそんなことはしません、と言われた。でも、何にしろ、禁じるということはない、すべて信者が自発的に従うのだそうだ。

聖堂に入るのにバッグを肩にかけてはいけない、手で持つようにとあったことが気になったがその理由を聞くのは失念した。
後で検索しても分からない。
パリの正教の教会にはその注意は見当たらなかった。

冷戦時代のロシア正教との関係について聞くと、むしろソ連時代に安全ではなくなった貴重なイコンを分けてもらうなど緊密な関係は続いていたという。大変だったのはむしろ日露戦争だったというのは納得がいく。

以上、質問に親切に答えてくださったのは受付でお世話をしていた女性のひとりである。

『日本正教会の歴史』という冊子を購入したら、聖ニコライが組織立て、信徒500人に月一人の司祭を叙聖師教会管区となり、10教会管区で1主教区を目指す、と「数」がはっきりしているのが興味深い。

ロシア文学の普及や、ロシアへの留学生もこの在日ロシア正教会が窓口になった。

ソ連時代の戦後に「日本正教会」が誕生したのは、姉妹教会とでも言うべきアメリカ正教会(在米ロシア正教会)との結びつきを経て、日本正教会の聖自治教会の独立が目指されてからで、1970年のことだった。

その冊子によると、独立に際して谷中墓地のニコライの柩が発掘され、その「不朽体」の写真も載っている。ひげではなく遺体だ。

wikipediaには

1970年、谷中墓地改修の際に棺を開けると不朽体が現れた。同年、ロシア正教会はニコライを「日本の亜使徒・大主教・ニコライ」、日本の守護聖人として列聖した。日本教会が聖自治教会となったのはこのときである。ニコライの不朽体は谷中墓地のほか、ニコライ堂(大腿部)、函館ハリストス正教会などにあり、信者の崇敬の対象となっている。

とある。

祭壇の前に見えた柩の中身が髭だとしたら、敷地内の列聖記念聖堂の柩の中が大腿骨なのだろうか。

聖人の遺体が腐らないのが聖性の証しと言われれば、カラマーゾフの兄弟の中に出てくる「聖人の誉れの高かった僧が亡くなってすぐに腐臭を発した」というエピソードを反射的に思い出してしまう。

「聖遺物」という訳語なら遺品、遺骨も含めて幅が広いけれど、「不朽体」なんて訳語は適切ではないかもしれない。

調布のカトリックのサレジオ修道院に列福を待つ尊者チマッティ神父の柩があるけれど、彼の遺体も「不朽」で発掘され、その時に抜けたというひげがチマッティ記念館に陳列されていた。

「遺物」の取り扱い方の差や列聖手続きについては、他の典礼の場合と違ってカトリックの方が近代以降どんどん複雑になってきた気がする。一種の科学主義の影響なのだろうか。

ニコライ堂、一度日曜日の典礼の時に行ってみたい。

私のギターの生徒で近所に住むオペラ座の技師はイタリア系だけれど、奥さんがロシア系カナダ人で二人共ロシア正教の信徒だ。彼らは「 ロシア正教会」であってフランスの正教ではない、と言っていた。彼らに言われるまで、フランスの自治正教会というのがあるのかどうかということも考えなかった。ソ連の崩壊の過程と正教の関係にばかり注目してきた。フランスでは歴史的に大量のロシア人が来ているので「ロシア正教」というくくりで見ていたけれど、ニコライ堂の歴史を読んだので、もう少しいろいろ調べてみようと思う。
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by mariastella | 2016-05-09 16:09 | 宗教
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