L'art de croire             竹下節子ブログ

今度は水害

日本にいる複数の方からパリの水害のことでメールをいただいたので、ご報告。

心配してくださった方もいて、ありがとうございます。
最近ずっと、労働法改正の反対運動でガソリンはなくなる、鉄道や空路もストで遅れや取り消しが出ているフランスだが、その上テニスに興味のない私ですら全仏オープンの参加者や観客のことを気の毒に思うほど、はじめからずっと悪天候が続いていた。

長雨のせいであちこちで洪水、浸水が起こり、一部の高速道路やメトロまで止まってしまった。
ルーブルやオルセー美術館は地下の美術品を上の階に避難させるために休館した。

寒くて、湿っていて、楽器は全部調子が狂うのでしょっちゅう調弦しなくてはならない。

個人的には、やはり地下室の水はけに気を付ける以外、近くに川もなく、うちに引きこもっているので実害はない。
パリ市内や周辺の道路の閉鎖や大渋滞のせいで、車で来る仲間が火曜と金曜、二日とも音楽院にたどりつけなかったので、練習をキャンセルしたことくらいだ。

それでも、ニュースを聞いていて、つい数日前までは労働法と組合活動家と警察の衝突や、暴力沙汰や、人々の声援やら批判やらばかり流れていたのが、「洪水」となるとトーンが180度変わって「連帯」風になったのは興味深い。

人間のつくったシステムの中での齟齬や対立では意見が分かれるが、「誰が悪い」と敵を特定できない「天災」の場合は、みんな団結してしまう。

しかも、実は、地球温暖化のせいかもしれないけれどここ数年、洪水のない年はないくらいで、その度に同じような悲惨な画面や被災者の姿がニュースになっている。「連帯」トーンも含めて毎年「既視感」がある。

それなのに、いざそれが「パリ」となると、ますます「当事者風連帯」になってきた。

テロの時と似ている。イラクやシリアやモロッコはもちろん、フランスの地方都市でのテロの報道と比べてもパリのテロの報道は全然違った。

テロの場合も突然よそから叩かれたという不条理感が「天災」に近い感情を引き起こしたのかもしれない。

ルーブルでは最近、洪水を想定した美術品避難訓練をしたばかりだそうで、それに参加した職員たちが今回もボランティアで手伝ったというところが、危機管理は機能しているんだなあと寒心した。

前の歴史的なパリの洪水は1910年のことで、それ以来、パリを水害から守るためにセーヌにそそぐ支流4ヶ所に貯水可能な人口湖を造ったことや、前は冬で雪解け水もあり樹木が枯れていたけれど今回は樹木がかなり水を吸収してくれることなどで、ずっと被害は少なくなるという。 

東京のように「地震と火災」の危機管理に比べると、怖さの質は違うかもしれない。

でも、先ほど「連帯」と書いたけれど、これはフランス語の「ソリダリテsolidalité」を訳したものだが、考えるとかなりニュアンスは違う。

冷戦終結に大きな役割を果たしたポーランドの労働運動の「ソリダノスク」も同じ語源でやはり「連帯」と訳されていた。

でもソリダリテの語源はラテン語のsolidus「固い」で、液体、気体、固体の「固体」も「ソリッドsolide」という。

この言葉は「フランス風の連帯」にぴったりだ。つまり、普段は分子がばらばらの気体だったり、時にはポピュリズムなど勝手な方向に流される液体だったりするフランス人が、「天災」とか「テロ」みたいな彼らにとって普遍的な敵、つまり一方的に自然権を侵してくる敵のようなものが来ると、それが触媒になってたちまち「固体」になってしまう。

その状態がソリダリテだけれど、それは可逆的で、時が経つとまた液体になって形を変えてあちこちに流れたり、気体になって自由に拡散したりする。

それに比べて、これは東日本大震災の後の「絆」でも言われたけれど、「連帯」の「帯」も、「絆」も、なんだか、「縛り」を連想させる言葉だ。

「強い絆」もなんだか離れられない拘束感がないでもないし、「かたい」のも「結束が固い」と、やはり「縛り」のイメージだ。

だから「自由になる」のも、「そのような縛りから解かれる」というイメージがつきまとう。

それに比べるとフランス人の「連帯」は縛られるのではなく、

「あれ、なんだかいつの間にかあいつら一体になってるし‥」

という感じで固体になっていたのが、でもやがて一部が液化したり気化したりしてもとの自由な分子ちゃんに戻っていくとでも言えるだろうか。

毎日毎日、スト、デモ、暴動、交通麻痺の町に雨が降り続き、あげくは水没した道路や浸水した町の映像が、いつのまにやら労働争議を上書きしてしまって、「連帯」しているフランス人を見て、そんなことを考えた。
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by mariastella | 2016-06-04 04:03 | フランス
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