L'art de croire             竹下節子ブログ

18番目の聖母ご出現認定 サン・ニコラスのロザリオのマリア

さる5月22日、アルゼンチンでカトリック教会18番目の「聖母ご出現」が認定された。

カトリック教会、と言っても、聖人認定と違ってヴァティカンが決めるのではなく、当該の司教にその決定権がある。現地で認定が争議になった場合にのみ介入する。

そして、その「超常」性や「奇跡」を認定しても、信徒はそれを信ずる義務はない。
しかし信じて崇敬することは許可されるので巡礼が公認される。

また、聖母出現のもたらすいかなるメッセージも、イエス・キリストの福音を補足したりより良くしたりするものではない(カテキズム67)。
イエス・キリストの栄光なしに新しい啓示が待たれることはない。

ブエノス・アイレスの北232キロに位置するサン・ニコラスという小さな村に「ロザリオのノートルダム」が1983年以来訪れたということの認定だ。

認定するまでに12年間くわしく調査された。

30年以上にわたり一人の母親に与えられたメッセージと、母親の信仰の質を精査して、「すべての局面がポジティヴで完全な真実に合致すると見なされ得る」ので「神はサン・ニコラスに立ち寄ってマリアの香りをもたらした」と結論づけられた。

母親というのはグラディスさんGladys Quiroga de Mottaというこの人

「奥ゆかしく教会に従順で傲慢の様子がない」というグラディスさんに、聖母マリアは1990年までに1800ものメッセージを残している。

回心を求めるものもあり、聖書のどこそこの部分を読むようにというのもある。息子のイエスも78のメッセージを残した。

このようなプライヴェートのメッセージの役割は、キリストによってすでに完全な形で告げられている福音を、それぞれの時代に即して完全に生きることができる助けとなるものだとされている。

サン・ニコラスの場合は、その啓示が、福音をよりよく理解させてくれ、信仰、希望、愛を養ってくれるポジティヴなもので、神の言葉が教える救いに至る道を示すもののひとつだと認められた。

メッセージの内容は、良質ともにすばらしいもので、回心や改心や奇跡の治癒をもたらしたという。
それこそが、このメッセージが悪魔から来たものではないことを示しているとされる。

ことの起こりは1983年の秋だった。

サン・ニコラスの町の何軒かの家の中で、突然ロザリオが光りはじめた(グラディスのロザリオが光り、それを隣人たちが見たという記録もある)。
この不思議な現象を前にして、グラディスは聖母に熱烈に祈り始めた。

翌日、9月25日に聖母が現れた。聖母はグラディスに、教皇によって祝別された後で忘れ去られている「ロザリオのノートルダム」の彫像を探すようにと言った。

それは一世紀ほど前に教区の教会が献堂された時にレオ13世に祝別された聖母子像で、鐘楼の中で見つかった。

グラディスはお告げの内容を教会関係者にしか明かさなかった。
やがて当時の司教がお告げの出版を許可し、聖母の指示に従った聖堂建設をスタートさせ、1990年に献堂された。

それ以来、毎月9月25日には司教が一万人者巡礼者を前にミサをあげてきた。

最初のご出現からの短い期間に、この種の聖母の聖地のすべてのコンテンツが出そろっている。

1984年12月2日には、「表にサン・ニコラスのロザリオのマリア、裏に七つの星と三位一体を描いたメダルを造りなさい」というお告げがあった。

11月16日にはグラディスの額に聖痕が現れた。
今でも復活祭の四旬節の金曜には額や手首から血が流れるという。

マリアが指示したところからは「水」も湧いた。
七歳の子供の脳腫瘍が消失した。

奇跡が続いた。

この種の奇跡物語と少し違うのは、このだれもが何でもを写真を撮る時代にグラディスさんは写真を撮らせていないということだ。

今出回っている写真も17歳の時のものだという記述がウェブで上がっている。

彼女は1937年7月1日生まれというから1954年のものだろうか。

最初のお告げを受けたのはすでに40代半ばということになるが、若い時にさまざまな病気をしたこと、何度も聖母に救われ信心を深めたこと、ご出現の後は病気がすべて治ったという記録もある。

なんだかあまりにも出来過ぎている。

例えば聖痕は、これまでは「手のひら」というのが多かったのだが、実際は、イエスは手首を釘で打たれた(そうしないと裂けてしまう)のが今では分かっていて、グラディスさんのものはちゃんと最新の所見と合致している。

で、写真もないなんて、ほんとにグラディスさんは実在するのか、すべて巡礼招致のための地元教会の演出ではないのか、などという疑問が湧きおこらないでもない。

でも、百年前ならいざ知らず、今は2016年、アルゼンチン人のローマ教皇が誕生したような時代に、そんなリスキーなことが一から十まで用意されて30年も続くとは思われない。

あの有名なメジュゴリエの聖母ご出現でさえ、修道会の対立などによって正式認定に至っていないくらいだ。

そして、これはどこの「聖地」でもそうだけれど、今や、巡礼者の思い、信仰、悲願、奇跡の治癒の期待、喜び、などの心的エネルギーが堆積していることだろう。

パリの「不思議のメダイ」聖堂で聖母を見たカトリーヌ・ラブレーも、ルルドの洞窟で聖母を見たベルナデットも、生きている間はただただひっそりと暮らしそれでも人々の信仰が「聖地」を作りあげたのだから、グラディスさんの立ち位置もい生きている間は微妙なのかもしれない。

で、このアルゼンチンの前に認定された17番目の聖母出現地とはどこでしょう。

2015年の9月12日に認定されています。

続きをお楽しみに。
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by mariastella | 2016-06-07 03:17 | 宗教
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