L'art de croire             竹下節子ブログ

舛添バッシングの効用?

舛添都知事の政治資金疑惑、「公私混同」などが騒がれているのを、ネットを通じて時々見ている。

その炎上ぶりで、他のもっと深刻な疑惑やもっと重要ポストにいる人たちの不正の追求がかき消されていることに警鐘を鳴らす人も少なくない。

でも、誰も言っていないかもしれないけれど、大臣の口利きなどの数億という金がからむ疑惑などと違って、温泉リゾートとか回転ずしとか美術展や音楽会や筆記用具の購入とか、不正とか不適切とかのレベルが一般人の暮らしとあまり変わらないようなものが多いので、別の効用があるのではないだろうか。

つまり、全国に、プチ権力を持っているプチ舛添がたくさんいて、その人たちがみな、それまで普通にやっていた公私混同について、「おやなんだか、やばくなってきたぞ、ええい、これは自腹を切るか」と「セコイ」節約をしなくなるのではないのだろうか。
大体そういう人たちは、もともと自腹を切る余裕がないのではなく、「役得」感が好きなのだ。

何億円の汚職とか着服とか大企業によるごまかしや隠匿が暴露されると、寄ってたかって謝罪させて盛り上がる人も、子供のマンガだとかうちの近所のレストランでの飲食費などが微に入り細に入り取り上げられているのを見ると、これはまずいなあと思って襟を正す人が必ず出てくる、のではないか。

私もその一人だ。

今日(金曜)はあさっての日曜の発表会とその後のパーティのための買い物をしたのだけれど、領収書に入れるものの仕分けをいつも以上に細かく見た。

朝は美容院にも行ったのだけれど、これだって、舛添さんの話題で比較に上がった女性政治家が公務の前の美容院代を公費に計上しているのがOKというのを読んだので、「土曜のコンサートと日曜の発表会のためだから経費でOKなのか」とちらりと思ったが、舛添効果で「いやいや、そんなセコイことをしてどうする」と自粛する。

それでも、パーティ用に買った飲食物やプラスティック皿やカップなどが余れば、いつも当然残りは自由に使っている。公私混同の「当たり前」ゾーンというのは厳然として存在する。

もっとも私の場合は私が主催するアソシエーションは一切の入会費をとらず、パーティの参加費もない。
すべての入金は私自身がボランティアとして教えている楽器レッスンの生徒がアソシエーションあてに払うものだ。正確に計算すると、レッスンする場所は私の自宅の一部をアソシエーションに無料で提供している形だけれど、レッスン中の暖房費、電気代などはこちらが持ち出していることになる。
また、小切手を受け取ってくれる店が少なくなったし、少額の支出はみな私のポケットマネーから出している。
時間をかけてプログラムなどを作るのも私で、プリントアウトもコピーもみな自前で出している。

だからトータルとしてはアソシエーションに対してなんの負い目もない。
アソシエーションの名前でコンサートを企画したり経費を出したり、各種のチャリティ・イベントを支援することもある。
それを全く自分一人の采配で行える(パリ市に登録している正式NPOなので書記や会計の名はあるが、誰にも迷惑をかけずに全部私が処理している個人のミクロ・メセナのようなものだ)ということ自体には、「プチ舛添」感がある。だからその中での多少の「公私混同」はプラス・マイナスすると「第三者に精査されても釈明はできます」というレベルのものだ(実際時々銀行の監査に答えて収支を説明する)。

「都民の血税」などとは無関係だし、罪悪感はないのだけれど、その罪悪感のなさの認識が、舛添事件を見ていて揺らいできた。

「金に困っていなくても多少の役得は当たり前」という「セコイ」お得感のどこかで、「自分がやりたいことについては、払えるんだから全部自分で払えば?」という声が聞こえてくるようになった。

舛添さんですらああなのだから、津々浦々のプチ舛添さんが罪悪感なしに「役得」を享受しているのは間違いがない。

私だって、アソシエーションの収支で言えば確実にアソシエーションに貸しがある立場なので問題はないが、もしアソシエーションを作っていずに、自由業者として音楽を教えていたら、早い話、収入の半分近くは税金で消えていたはずだ。
私個人のボランティアだけで成り立っているアソシエーションだからこそ、税金は払わないで済む。
すべてを私の思い通りにアーティストを支援したりアーティストの国際交流に使ったりできるのだ。

でも、四半世紀も続けていたら、ますます「公私」の境はおぼろになっていく。

全国のプチ舛添さんは、この騒動できっと身を引き締めているのではなかろうか。

なんにでも効用はあるものだ。
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by mariastella | 2016-06-11 01:29 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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