L'art de croire             竹下節子ブログ

精神の健全さとは その6

(前回の続きです)

6.即座に解決を求めないでおれる能力、未解決のまま保持できる能力

心に葛藤を抱えていることがそのまま精神的な健康の悪化に繋がるわけではない。それどころか、ある程度の葛藤や矛盾、いや失意さえも人を生かすことがある。

「迂回能力」、「待機能力」とも深い関連があるという。

これは5の「問題を局地化できる能力」ともつながっているだろう。

当座を乗り切るのに必要な問題だけを仮にこなして、本質的で根本的な問題は「聖霊」に任せてインスパイアされるのを「待つ」ということだ。

即座の解決が不可能な問題にこだわっていると生命の流れが滞るかもしれない。

1 や2 の分裂や両義性に耐える能力というのにもつながっている。

未解決の問題にこだわらず、とりあえず頭の隅に追いやっておけば、まったく別の文脈で、突然、解決法が思い浮かぶという経験はだれにでもあるのではないだろうか。

数学の難問の解決でもそういう話を聞いたことがあるし、私に身近なことでは、楽器の練習にしてもそういうことがある。

何度繰り返して練習してもうまくいかないパッセージがあるとする。
いったん練習をやめて別の曲を練習する。
そうすると、一週間くらいたって、前の曲に再挑戦すると、不思議なことにすんなり弾けてしまうことがある。
これを私たちは「熟させる」と呼ぶ(日本語でいうと寝かせておく、という感じだろうか)。

子供に教える時でもそうだ。
困難な場所を無理やり繰り返させても、うまくいくどころか逆にだんだん悪くなったりすることがある。

「熟すのを待とうか」と言って別の曲を与える方が、後で困難を突破できる率が高いのだ。

言い換えると、今すぐにできなくても「後がある」と考えることで希望をつなぐということでもある。

これも、宗教的言説なら、この世で報われなくても来世があるさ、とか、天国で愛する人に再会できるとか神さまに会えるとかなどがあるので、やはり霊的なディメンションというのは精神の健全さを保つのに役立つようにできているのかもしれない。

これが宗教原理主義や宗教の名を持つカルトなら、

「これこれや誰々を信じないと地獄に堕ちる」

と言うようなネガティヴな断定の脅しになることがあるから要注意だ。

「今解決できなくても、ギブアップしても、長い目で見るとマイナスとはいえないかも」

という感じで対処すればいいということだ。

そもそも人間が人間であるのは、「今」「ここ」だけではなく、「過去」や「未来」や「ここではないどこか」に対する想像力があり、思いが広がってしまうからであり、悩んでまでそれを封じる理由はない。

想像力やシンボライズする能力を、自分にも他人にもやさしい方向に向けていこう。
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by mariastella | 2016-06-19 01:00 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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