L'art de croire             竹下節子ブログ

精神の健全さとは  その7

(前の続きです)

7.いやなことができる能力、不快にある程度耐える能力

「後回しにする能力」、「できたらやめておきたいと思う能力」、「ある程度で切り上げる能力」も関連能力として大事、だそうだ。

後回しにしたいとかできたらやめておく、というのは、嫌なことができる能力とは逆じゃないかと思うが、ある程度で切り上げる、の「ある程度」とか、できたらやめておくの「できたら」というところが大事なのだろう。

「いやなこと」でも「苦手なこと」「不快なこと」でも、最初から切り捨てたり断ったり逃げたりしないで、どの程度できるか一応はやってみて、やっぱりだめなら引き下がるとか、後回しにしてもついに後に引けなくなったらしぶしぶでもやってみる、とか、そういうかなりいい加減な生き方で手を打つ能力ということだ。

でも「いい加減」というのは「悪い加減」ではないということで、やりたくないこととやりたいことのバランスを取れるように工夫しろという意味だ。

これは後の10番目でもまた繰り返して出てくる。

世間には、始めたことは最後までやりぬけとか、いやなことを我慢することが自分を磨く、などというタイプの言葉が多い。
それに潰されそうになったり、自分のやる気のなさに罪悪感を持ったりしすぎると「精神の健全さ」に支障が出るということなのだろう。

カトリックとの結びつきで言えば、不真面目な態度や失敗も、何度でもゆるされて何度でもやり直しのチャンスを与えてくれる、という安心感がいのかもしれない。

前世の悪いカルマをひきずっているとか自分で悪いカルマを積みあげてしまった、という形よりも、何度でも信頼を回復してもらえる(それが神から赦されるということだ)というのは、精神力の弱い人とってはまさに「福音」だ。
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by mariastella | 2016-06-20 05:27 | 雑感
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