L'art de croire             竹下節子ブログ

イギリスのEU離脱騒ぎに対する教皇のスタンスとは?

EUの守護聖人であるベネディクトスを教皇名に選びヨーロッパの統合と平和を祈っていたドイツ人のベネディクト14世に続いて、初めてのヨーロッパ「外」出身のフランシスコ教皇が、今回のBrexit騒ぎについて何を言っているかウォッチング。

彼はこの5月(聖母の月)にヨーロッパの統合に貢献した者に与えられるシャルルマーニュ賞をアーヘンで受賞したばかりだ。
ヨハネ=パウロ二世も死の前年に受賞している。(EUとカトリック教会の関係については『キリスト教の謎(中公新社)』第12章にいろいろ書いた。栄誉ある第一回の受賞者は1950年のクーデンホーフ=カレルギーで、この人のお母さんが日本人なのはずっと私のツボにはまっていることだ。)

で、フランシスコ教皇。

7月2日にミュンヘンで開かれたエキュメニカルなキリスト教会議(『共にヨーロッパのために』、300以上の団体が参加)で放映されたビデオ・メッセージで、ヨーロッパはキリスト教が浸透した巨大な世襲資産であり、出身や宗教を異にする人々に対して壁を作るのではなく、扉を開き、迎え入れるようにと呼びかけた。

ヨーロッパというキリスト教資産は、文化をインスパイアし、全人類にその宝を与えるミュージアムのひとつであると考えてみるべきではないだろうか。

と言っている。

メッセージの最後にはヨーロッパの「キリスト教ルーツ」という言葉があえて引用された。

そのルーツが2000年来ヨーロッパを養ってきた、と言う。

「ヨーロッパの歴史は天と地の持続的な出会いの歴史である: 天は、ヨーロッパ人が常に希求してきた超越、神、への入り口を指し示す。」

EUがキリスト教ネットワーク主導で生まれたのは間違いない。

二度の大戦で分裂していたヨーロッパでカトリックを中心としたネットワークは残っていたからだ。
ドイツの半分、イタリア、フランスがカトリックだったことも大きな力になった。

それでも、ヨーロッパが共有する「キリスト教ルーツ」という言葉は主として「政治的公正」の配慮のために何度も議論され、避けられてきた。

教皇もこれまでその表現を慎重に避けてきた。
その表現は、キリスト教優越の「上から目線」と見られるか、衰退するキリスト教の「恨み節」のどちらかだと見なされるからだ。(5/17にインタビューに答えて)

2014年、11月24日、ストラスブールのEU議会で、教皇はヴァティカンにあるラファエロのフレスコ画『アテネの学堂』に言及して、それが、天と地の持続的出会いによってできたヨーロッパとその歴史をよく表現しているものだと述べた。

7/2のキリスト者の会議に向けてのメッセージでは「ヨーロッパのキリスト教ルーツ」の言葉を解禁して使い、そのルーツ(複数)が内向きのアイデンティティーの閉じこもりにではなく多様性、異なるものに対する開かれた態度の基盤に役立たなくてはならない、と呼びかけた。

教皇は政治のエゴ、経済のエゴを批判する。

「政治と経済のエゴイズムが張り巡らせる壁は、恐れと、攻撃性と、出自や宗教を異にする人々への理解の欠如でてきている壁である。」

教皇は「難民」という言葉を使わず、キリスト者の運動体が、

「世界中に開かれ統合を目指すコミュニオンと友愛ときょうだい愛のラボラトリー」

の構築を支援するように呼びかけた。

さらに、

真の「一致」とはその「構成要素の多様性」という豊かさを生きる

と言ったが、これはEUの標語である「多様性の中の一致」と重なっている。
明らかに、EUの危機について語っているのだ。

さらに続く。

「協力のさまざまな形は経済だけでなく社会的、文化的なものだ」

けれども、大切なのは「その中心にペルソナ(尊厳ある各人。キリスト教的にはそれぞれ神に愛される対象としての人)」があることで、様々な違いをリスペクトすることだ。

「家族は、そのメンバーの一人ひとりが恐れることなく徹底的に自分自身でいられる時にいっそう強く結びつく。」

これは興味深いたとえだ。

イギリスのEU離脱運動の真のマイナスはそれが「恐れ」を煽ることでなされた点にあって、家族から独り立ちする欲求ではなかったということだろう。

実際、すでにアルメニアからの帰りに、教皇は

EUの国々により多くの独立と自由を与えることが必要で、そのためには「聖なる分離」もありではないか、

と示唆していた。

そんな教皇のスタンスをまとめてみると多分、こうなる。

1 家族には家族の基盤となり支える理念、信念とその継承がなくてはならない。

2 けれどもその理念は家族の一人一人を縛ったりうちに向かわせたり、他者を排除するようなものではなく、普遍性への呼びかけに応えるようなものでなくてはならない。

3 その上で、一人一人が、家族から排除されたり否認されたりする恐れを抱くことなく、自分のやり方で外に出て自分らしさを追求することが可能である必要がある。

4 そんな時こそ、逆説的に家族の一致は強固になる。

これを、EUに適用するのも、さらに広いヨーロッパに拡大して適用するのも、簡単なことではない。

国連に適用するのはもっと難しそうだけれど、スケールを落として一国や一地方や実際の一家族に適用するのさえも、たやすいことではない。

分かるのは、その大小の共同体のリーダーやリーダー的立場にいる人の自覚が大切で、責任がとてつもなく重い、ということだ。
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by mariastella | 2016-07-04 05:58 | 雑感
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