L'art de croire             竹下節子ブログ

天国に旅立ったシスター・クレール

この週末に埋葬された知人は、愛徳姉妹会のシスター・クレールだ。

彼女といっしょにコンサートを企画した
こともある。

すごく気が合った。

彼女はテヘランが長く、ファラ元王妃の恩師ということでの特権的な関係をずっと保持した。 
7/1に行われた葬儀にもファラ元王妃が参列して弔辞を述べた。

昨年末にテヘラン時代の思い出についてイランのジャーナリストのインタビューに答えたものがyoutubeにupされていて、ジャンヌ・ダルク校時代の生徒からのコメントも寄せられていた。

私が最後に会ったのは去年だけれど、短期記憶が途切れるようになってきたことを本人は気にしていたが階段もひとりで昇り降りできていた。

ふたりでじっくり話せた最後は3年前で、次のコンサートの企画を持ちかけられた。

その時すでに96歳で、自分は「100歳までは生きたくない、元気で死にたい」と言っていたので、今思うとその願いはかなえられたのかなあと思う。

彼女に勧められてノートルダム大聖堂の新作の鐘を観に行ったのも懐かしい。

修道院の寝室には、柩に入れるためのイランの土が残されていた。
革命前のイラン各地を回ってビデオ撮影した貴重な記録も残っている。
自分で作成した「訃報」まで封筒に入れて残していた。

最後に話した時に、私はいつも思っていたけれど口に出していなかった「あること」を口にした。

それは、彼女が周りのすべての人を魅了する話芸の中で抱かせる「リベラルで国際的で、イランのような異文化に対する興味と理解を持つ進歩的で真にヒューマンな自由人」という「像(イメージ)」の基盤を形づくっているに「あるもの」についてだ。

皆が彼女に驚き、彼女を讃え、彼女もそれを屈託なく受け入れていた。

私はその彼女の中に、本当は

「イランだの他の国だのに順応した自由で柔軟な精神」

というよりも、

「全能感にあふれるパリっ子の好奇心と傲慢」

を見ていたのだ。

これは別に批判ではない。

傲慢と言っても、彼女が異文化を見下していたというわけではもちろんない。

なんというか、すべてに対して適正な距離をとりながら冷静に見て楽しめる旅行者魂、しかもそれは、そこが世界の中心のように思えてしまう大都市の真ん中で生まれて育ったものだけが無邪気に抱ける「地方を旅するお客さま」魂みたいなものだ。

つまり、どんなに異国体験を生き生きと語っても、彼女の自由なバランス感覚の底には、「都会っ子」の姿があり、それはいわゆるtiti parisien(レ・ミゼラブルに出てくるガヴローシュがその原型と言われている)のいたずら心だ。

でも、少なくとも私の知っている晩年の彼女の周りで親しく集まる人の中には、そういうtiti parisienのような人はいなかった。

彼女の底に変わらずにある「パリっ子」魂が垣間見えるところに、人々は信じられないような若さ、健康さ、精神の自由さを見て憧れ、尊敬し、彼女の繰り出す貴重な体験談や歴史の証言の前で感嘆するばかりなのだ。

でも、私には彼女の中に息づく「パリっ子」の痛快なわがままさと言うか自信満々な感じが見えた。
なぜなら私に共通するものがあったからだ。

私も、大都会でしか暮らしたことがなく、基本的にそのことに何のコンプレックスも持っていない。
フランスに来ても、それがパリでも、フランスの田舎でも、どこか、いつも「実はもっと都会から来た」ようなお客様根性があった。

実際は、日本からヨーロッパに来るだけでコンプレックスを抱く日本人だっていくらでもいるのだから、これは「生まれつき」というか天然なのだろうか。

亡命パリっ子、

疎開してきた都会っ子、

宣教修道会からはるばる派遣されたシスター、

離島にフィールドワークにやってきた人類学者や民俗学者、

などと共通する何か。

それはそれを口にすると絶対に嫌われる何かでもある

だから、もちろん口にしない。
普段は意識しないので封印しているわけでもない。

封印しなくてもスルーできるところにこそ傲慢さがあるのだとも言える。

でも、その「何か」を90代のシスターの中にありありと読み取ったのでこっそり耳打ちしないではおれなかった。

そしたら、彼女は打てば響くという感じで、いたずらっぽく笑いながら、

「それは図星ね。あなたには分かるのね。私たちは同じ人種ね」

と返ってきた。

絶対にそういう答えが返ってくることが分かっていたので言ったのだ。

もちろん互いの立場や関係性からいっても、「だからどうした」、「それが何か?」という、意味のない確認に過ぎない。

面白いのは、私が自分がそういう人間なのだなと意識したのはまさにシスター・クレールと出会ったからなのだ。

世代も国も身分(修道女と俗人)も生活歴も全く違う人との間にこのような「共犯意識」が芽生えたことは、とても刺激的な体験だった。

シスター・クレールはきっと、天国でも「パリっ子」ぶりを発揮して、天使や聖人たちに囲まれても臆することなく、せっかくのチャンスだから天国をフィールドワークしてあれもこれもくまなく見ておこう、とはりきっているに違いない。

通信の仕方を示し合わせておけばよかった。
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by mariastella | 2016-07-05 00:35 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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