L'art de croire             竹下節子ブログ

エリ・ヴィーゼルの話

最近亡くなった「著名人」の中で、何か気になるのが、ノーベル平和賞受賞者のエリ・ヴィーゼルだ。

アウシュビッツの生き残りで14歳で家族が殺されていくのを目の当たりにした自伝的小説『夜』(フランス語で執筆。元ルーマニア人だが戦後フランスで教育を受けた)で世界的に有名になり、平和運動家として一生を捧げた。

その『夜』には事実関係で整合性が欠けているということは今まで時々指摘されてきた。

しかし、小説仕立てなのだし、14歳の少年が受けたトラウマ体験の中で、事実関係の整合性が狂ってもおかしくはない。しかも、その後、一生を通じてホロコーストを糾弾してきた平和運動家としての活動は評価に値する「事実」である。

だから、亡くなって新たにその功績、偉大な足跡が讃えられている最中に「昔のスキャンダル」を持ち出すなど、とても無礼で畏れ多いことだ。

それでも、亡くなったからこそまたいっせいに、収容所での彼の写真があちこちに出まわった。一流新聞でもそうだ。

この中段の左から七番目が彼だとどこにでも書いてある。

でも、この写真を見るといやでも、数年前から少なくともウェブの世界では時々出てくる「ヴィーゼルは収容所にいなかった」という暴露記事のことが頭をよぎってしまう。

ウェブによくあるただの歴史修正主義者の話などではない。

まさにこの写真の下段の手前に映っているNikolaus Grünerという生き残りが、エリ・ヴィーゼルとされているのは彼の友でハンガリーの同郷のラザル・ヴィーゼルだと主張しているのだ。

そして、エリ・ヴィーゼルが自分の腕に焼き印を押されたという囚人番号は、このラザル・ヴィーゼルのものであり、エリ・ヴィーゼルの左腕には何も残っていない(これは取り去ったのかもしれないし、違う種類のものだったのかもしれない)という。

Nikolaus Grünerはエリ・ヴィーゼルと会い、彼がラザルとは別人だと確認し、暴露本も書き、テレビで自分の焼き印を示した。
FBIにも訴えたが、何の反応もなく、歴史修正主義者を喜ばせただけだった。

21世紀に入って、ミーシャ・デフォンスカ事件が起こった。

『少女ミーシャの旅――ホロコーストを逃れて3000マイル』という世界的ベストセラーの自伝で映画化もされた物語が、実は空想だったと2008年になって弁護士を通して明らかにされたのだ。狼と暮らしたなどのディティールも含めてその信憑性は2001年頃から疑念を持たれていたが、その時にミーシャさんを擁護していたのがエリ・ヴィーゼルだった。
ナチスに連行されたユダヤ人の両親を追った一人旅とあったが、彼女はユダヤ人ではないベルギー人だと判明した。両親はレジスタンスとしてナチスに連行されたが彼女は後を追ったりしていない。

少女がナチスの犠牲だったことは間違いがないし空想の世界に逃げざるを得なかった苦境も理解できる。
そしていったんこのような「売れる」物語がメディアに乗れば、もう後戻りができなくなるのだ。

で、ヴィーゼルについてもこのような懐疑を歴史修正主義者やネオナチに利用されてはならない、ということで、フランス人ジャーナリストのジャン・ロバンがアウシュビッツの記録保管所に電話し、質問状も送った。

すると、エリ・ヴィーゼルが自分に刻印されたという「番号」はラザル・ヴィーゼルのもので、Nikolaus Grünerの方は彼の申告している番号で確かにラザルと同じ時に登録されているという明快な答えが返ってきた。2012年にはそれも公開されている。

少なくとも、Nikolaus Grünerというナチの犠牲者が存在していて、焼き印の番号が一致しているのを見せていて、同郷のラザルとすり替えられたという抗議をしていること自体はでっち上げではない可能性がある。

ジャン・ロバンはエリ・ヴィーゼル財団にそのことを伝えても完全に無視されたという。

それは、

今さら、そんなことを言われても、どうしろというのだ、

ということなのか、

そのことはもう解決済みの悪質なデマだ、

ということなのか。

それによってエリ・ヴィーゼルの文学の価値や平和の戦士としての業績の価値が変わるわけではない。
彼が何らかの形でトラウマを受けたのは事実だろうし、もし、このアイデンティティの剽窃があったとしても、それもまた彼のトラウマの結果であり、一部をなしているものであり、切り離して考えられはしない。

歴史修正主義者に利用されないように事実を明らかにせよ、というジャン・ロバンの主張も、今でも一部に続く根強いユダヤ人への差別感情を持つ人やらまた逆に過激なシオニストなどもいるので、何がどういう背景をもっているのかはウェブの上だけでは分からない。

一方、ヴィーゼルの言葉には彼が実際に収容所にいたかどうかなどは問題にならないほど強烈なものがたくさんある。

大人2人と共につるされた少年が体重が軽いのですぐには死ねずに苦しんでいるのを見た囚人が「神はいないのか」と呻いた時、ヴィーゼルは、「神は今ここで吊るされて呻いている」と見た。

ホロコーストが自分の中の「悪魔」を顕わにしたとも言っている。

このような言葉を紡げて多くの人を動かすカリスマのある人は、腕に刻印された番号が何番だったとか、この写真のこの少年が自分だとか、真実の断片でしかない事実関係を自分の使命遂行の補助に使ってはいけなかったのかもしれない。

いや、やせ衰えた囚人たちの「写真」だとか、腕に残る囚人番号だとか、などの情報が人々を刺激してセールスポイントになる、と考えたのはヴィーゼルではなく、別の「使命」を抱えていた人たちなのかもしれない。

「殉教」しきれなかった者が「殉教」を語るのはかくも難しい。

ヴィーゼルは戦後のすべてを「犠牲者」に捧げた。

今、ヴィーゼルは、すべてを捧げた「犠牲者」たちのもとにようやくたどりつけたのかもしれない。
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by mariastella | 2016-07-06 23:39 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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