L'art de croire             竹下節子ブログ

ブーゲンヴィリアの話

『ナポレオンと神』の執筆中に、ブーゲンヴィルの話を書いているうちに、今まで私の知らなかったことの知識を得た。雑学レベルの話だけれど、ブーゲンヴィルという名前が、あの熱帯の花ブーゲンヴィリアの語源なのだそうだ。

で、試しに日本語のウェブで花の名を検索したら、「フランスの探検家」が発見して名づけたとあった。
「探検家」って…。

ルイ=アントワーヌ・ブーゲンヴィルはフランス革命前の一七六六年にブレスト港を出発して三年かけてフリゲート艦で世界一周した海軍士官だ。

フランスが公式にオーガナイズした最初の学術調査旅行であり歴史学者、地理学者、動物学者、植物学者などを同行していた。

この時にブラジルで1767年に「発見」した未知の植物が「ブーゲンヴィリア(ブーゲンビリア)」と命名され、その花が後に、ナポレオンの最初の妻ジョセフィーヌに献呈された。

献呈したのはブーゲンヴィルに同行していた植物学者フィリベール・コメルソンという人で、フランスに植物園を造り、ブーゲンヴィリアも栽培していた。

この人はなんと、世界一周の間、自分の妻をジャン・バレという名の召使として男装させて同行していたという。それが1768年に発覚したらしい。コメルソン藤かは世界一周をした世界で初めての女性になった。

花の名を後世に残したブーゲンヴィルはアメリカの独立戦争でも海軍を率いたし、フランス革命の激動期も生き延びた。

世界一周の旅行記、北アメリカの先住民の歴史、古代近代の高緯度圏航行史、数学理論の著作なども残している。

一七九九年に元老院議員となり、一八〇四年にレジオン・ドヌール大士官勲章を受け、一八〇八年には帝国伯爵号を授与された。

八一歳まで生きて一八一一年にパリで死んだブーゲンヴィルは、心臓をモンマルトルのカルヴェール墓地に葬られ、遺体は今もパンテオンの地下墓所で眠っている。
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by mariastella | 2016-07-10 06:15 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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