L'art de croire             竹下節子ブログ

相模原死傷事件をフランスで聞いて思ったこと(追記あり)

朝のラジオで真っ先に、日本の相模原の施設での殺傷事件を、死者19人で第二次大戦後最大のtuerie(殺害)だと盛んに繰り返しているのを聞いたので驚いた。

私は日本のネット情報を見ているから、昨夜から事件のことは知っていたし、相模原市は両親の住んでいた場所でもある。

でも、「戦後最多の死者数」とは強調されていなかったと印象なので、フランスでの「見出し」に違和感を感じた。

ニースの後、ドイツのテロが大きいニュースになっていて、そのたびに犠牲者の「数」が並びたてられるので、日本の事件もなんだか同列に響くのだ。

で、そうなのかなあ、となんとなく私の思いつくものを検索したら、地下鉄サリン事件の犠牲者が13人、秋葉原通り魔事件の犠牲者が7人…などだった。なるほど19人は多い。

それでもフランスで何度も「日本で戦後最多の」と繰り返されると違和感があるのは、比較の対象にはない交通事故、特に飛行機事故、さらには何千人規模の大震災の犠牲者の数のインパクトの方が私の中でずっと大きかったからだと気づいた。

確かに、事故や天災は、テロや犯罪とは全く種類が違う。

そして、あらためて、戦後どころか、有史以来フランスには地震や津波がなかったのだなあ、と気づかされた。

フランス国内で起こった「事故」も、去年のジャーマンウィングスの飛行機墜落(これは副操縦士が故意にやったものだから事故というより犯罪に近いが)が150人の犠牲者というのが記憶に新しいし、大型バスの事故なども時々起きているけれど、これも、いまだに日本の日航機の「単独機として世界最多の犠牲者520人」の方が、30年たった今も私にとっては強烈に記憶に刻まれている。

犠牲者を「数」で比べるなどは、もとより「報道の言葉」に過ぎないけれど、「時代と場所のコンテキスト」が報道の言葉とその受け取り方にもたらす恣意性やインパクトの差は大きいとつくづく思う。

たとえイデオロギーやカルトの洗脳などによる計画された「テロ」などでなくても、精神のバランスを崩していたり不全感があったり薬物に頼ったりしているような人々が殺傷行為に踏み切る背景には、テロに対する報道の仕方や情緒的反応などがないとは言えない。

情報を受け取る一人一人が冷静になること、情報から距離を置いたり見方の角度を変えたりして情報に淫しないことが大切なのをあらためて肝に銘じよう。

追記: 同じ朝、ルーアンの小さな教会に刃物を持った二人の男が押し入って、84歳の司祭の喉を搔き切ったという事件があった。ミサに参加していた信徒の一人も重体だそうで、逃げ出した修道女の通報によって駆けつけた警察の特殊部隊によって犯人は二人とも射殺された。去年も教会へのテロ計画が発覚したことがあった。この記事を載せたばかりだったけれど、フランスで起こったことで、84歳の老司祭の喉が搔き切られたなんて、情動的に揺さぶられる。また一神教同士の戦いとか何とか言われそうなのも複雑だ。)
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by mariastella | 2016-07-26 20:12 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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