L'art de croire             竹下節子ブログ

弱者の生きる意味

7/31の日曜日、ポーランドのWYDのミサでも、フランス中であったムスリムを招いてのミサでも、それぞれの人間の日常のさまざまな条件を超えた「超越」とか「永遠」というものに心を閉ざさないでいることの重要性、この世界でいろいろなものを「貯めていく」欲望のむなしさが語られた。

心を閉ざさないで理想に向けて夢を持つことが、ほんとうの意味で生と死を結ぶ。

相模原事件の詳細が報道されて、

言葉が通じない、自力で動けない、食べられない、時には呼吸もできない重度障碍者らの「生きている意味」などについて優生主義的に語る人もあれば、その誤りを説く声もある。

「生きている意味がないから死んだ方がいい」

という発想は、「この世の生」しか見ていないからで、

「生きる意味と死ぬ意味、死んだ後の生き方」

は実はみんなつながっている。

分断した時点でもう「意味」というものはない。

ある極端なケースを知っている。

10代の少年で、全身が「異常」、病気で、寝たきりはもちろんな上に、外観が損なわれている。

しかし、頭ははっきりしていて発語もそれなりにできて、付き添いの母親とは会話が成立する。
と言っても、「施設にまかせる」という次元ではない。

病院で彼の個室には廊下から見えないようにカーテンが引かれている。
あらかじめその外見について知らされていない看護師で、入ったとたんに恐怖で失神した人が何人もいた。

医師ですら相当な覚悟がいる。
外見がすでに「ヒト」ではない。

数年前このケースを知って以来、私は「障碍児を持つ親」について考えてきた。

寝たきりでも、多少心身が不自由で心ない人に後ろ指をさされようとも、憐みの目で見られようとも、まだ、「普通の障碍者」の事例のあるケースなら、家族の会で連帯もできるかもしれないし、それこそ、その子の命の意味、その子を世話していくことの意味、他の人にはわからない貴重な何かを得たと感謝さえできるかもしれない。

でも、病院内で善意の看護師に叫ばれて失神されるような障碍だったら…。

そしてその子はもちろん長く生きられないかもしれない。

しかし、その子は、その重荷となった体から解放されて次のステップに移った時にまた別の生き方をするだろう。
生と死が一つにつながった永遠の何かの中にあるとしたら、この世での外観や健康や寿命の長さなど、どれもほんとうの意味はない。

ましてや、生産性だの、税金を納めるのか税金を使わせるのか、あるいはモノや金をどれだけ蓄積したかなどに何の意味もない。

生と死(死後の世、つまり、生者との関係性)をトータルに見ない限り、何の意味もないのだ。

地球の生態系で、とるに足らない虫の一種が絶滅するだけで食物連鎖に異常が起こり、生態系全部が崩壊することがある。

「見るだに恐ろしい」外見を持つ寝たきりの少年の十何年間の生涯も、生きているすべての人、元気な人、病気の人、若い人、年取った人、これから生まれる無数の人、先に逝った無数の人の綾なす全体の中にある。

少年のそういう生まれ方、そういう生き方は、その全体を生かす大きな流れの中での必然性をもったものなのだ。

彼を生み、世話する母親や彼の介護や治療をするすべての人の命とつながった命だ。

その「今ここ」でのあり方や見え方によってだけ、尊厳がどうとか生きている意味がどうとかという言説は、すべて「死の言説」である。

私のような根性のない者は、ある日、ある時、「怪物」のような他者、異物(それは老いや病で変わり果てた他者や自分自身かもしれない)と遭遇して失神してしまうかもしれない。
その時でも、覚醒したら、恐れや忌避や情動に屈してしまわないようにと、このことを時々反芻している。

「重度障碍者でも尊厳があるんだから抹殺しちゃだめ」などという一般論の地平で考えていたら絶対に到達できないところに「生死」を超えたいのちがある。

「永遠の命」への感性を広く広く伝え、深く深く肝に銘じたい。
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by mariastella | 2016-08-01 02:45 | 雑感
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