L'art de croire             竹下節子ブログ

テディ・リネールと「県人意識」

すぐ前の記事でテディ・リネールについて触れたが、リオ五輪では柔道の最重量級の金メダルは男女ともフランスが獲得して「最強」のイメージが生まれた。

けれども、その2人のチャンピォンは日本風(またはアメリカ風)に言うと「黒人」だ。

何度も書くがフランスでは一五〇年来、公式には宗教とか人種とか何々系という形の統計が禁止されているし、メディアもほとんど使わない。

リネールはグアドループ生まれで幼くしてパリに来た。

エミリー・アンデオールはボルドー生まれだがマルチニック系で親戚はマルチニックにたくさんいる。

つまり2人ともカリブ海のフランス海外県にルーツがある。

ブラック・アフリカの旧植民地からフランスに出稼ぎに来る「移民」や「移民の子孫」や二重国籍者(フランスからの独立前に生まれた人はフランス国籍をもらえる。そしてフランス国籍を持てばその子孫も当然二重国籍が持てる。サッカーのナショナルチームにはこのタイプの黒人選手が多かった)とは違って、当然だがまったく「普通のフランス人」として扱われる。

社会的法律的差別は何もない。

むしろ見た目が「黒人」であるからエキゾチックだし遠く離れた熱帯風味で、陽気で明るく身体能力に優れている、という先入観のアドバンテージがあるくらいだ。

しかしブラック、アフリカ系の難民やら移民の子孫が事実上ゲットー化している場所やムスリム系黒人がモスクに通う姿が目立つ場所などでは偏見や差別があるのが実状だから、海外県から「本土」に来ている人たちも差別の目から逃れられない部分は当然あるだろう。

就職についても見えない「ガラスの天井」や「ガラスの壁」があるかもしれない。

でも、サッカーでもそうだけれど、スポーツの花形選手になれば、彼らを全フランスのヒーローのように熱狂的に誇る「本土のフランス人」はたくさんいる。

日本のようにたとえば、ミス・コンテストの日本代表が黒人ハーフだというだけで違和感を表明する人がいるというのとは違う。
日本でも今はハーフのスポーツ選手が活躍しているけれど、どちらにしても「半分日本人」というのに意味がある。
オバマ大統領はハーフなのに「黒人」大統領というのが画期的とされた。

それに比べてフランス海外県出身のヒーロー、ヒロインたちはいわゆる人種的にはハーフではない。

それどころか、海外県では、「本土から来る白人」が、観光客としては歓迎されるのだけれど生活者としては「差別」されるということが有名だ。「白人」不利の棲み分けができている場合もある。

私がバレエのレッスンで知り合った友人で元ミス・カリブの女性は、エール・フランスのキャビン・アテンダントとして働いていたが、「年ごろ」になるとマルチニックからお母さんとおばさんがやってきてマルチニックの男性との「お見合い」をさせられた。
家族の縛りはきつく結束は固い。

で、フランスの東洋人である私はこの「最重量級のアベック金メダル」に対するフランス人の歓喜ぶりを複雑な気分で見ていたのだけれど、クラシックなフランス人は当然ながら誰一人として人種的コメントをしない。

そんな時、グアドループのジャーナリスト( ?)のコメントをラジオで聞いて初めて気づかされることがあった。

それは、

グアドループ県人は柔道のメダルをとても誇りに思う。

しかも、チャンピォンたちは

「違いが見える」

からなおさらうれしい、というものだった。

どういうことかというと、例えば代々のブルターニュ出身の選手がチャンピォンになっても顔に「ブルターニュ出身」と書かれているわけではない。
地元ではお祭り騒ぎになって凱旋パーティをしたとしても、それが大きなニュースになることはない。

でも、海外県出身のチャンピォンは、見ただけで海外県出身と分かるから誇らしいのだ、という。

パリなどは雑多な人が集まっているから別だけれど、フランスの「地方」は日本風に言うと「県人意識」が強い。パリで働いてもリタイアしたら「故郷に帰る」人も少なくない。

でも、「故郷出身の有名人やチャンピォン」も、「見た目が変わらない」と、「どこそこ出身」というのはフランス中から意識してもらえるわけではない。
単に「フランス人」としてくくられてしまう。

それに対して、海外県出身のチャンピォンは「見た目」によってその「県人」ぶりを誇示してくれるから大満足、というのだ。

なるほど。

これでは、海外県に住む少数派の「白人」が、もし「県代表」とか世界チャンピォンになったら、微妙だろうな。

しかしこれって、「フランスの標榜する普遍主義」と「フランスの批判する共同体主義」の、表向きと実際の齟齬の独特さがうかがわれて興味深い。

アメリカでは最近亡くなったボクシングのチャンピォンのカシアス・クレイ(モハメッド・アリ)が、世界王者になってもアメリカに戻ったら差別され続けていた、というタイプの「人種差別」問題がある。

「本土の黒人奴隷」というものを必要としなかったフランスとは全く事情が違う。

フランスにいるアジア人という立場から比較的自由に観察できる「レイシズム・ウォッチング」はおもしろい。

もしフランスに、過去の仏領インドシナと呼ばれる地域に「海外県」の飛び地があったとしたら、「見た目アジア人」の県民意識というのは果たしてあり得たのだろうか・・・

などとちらりと考える。
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by mariastella | 2016-08-14 18:54 | フランス
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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