L'art de croire             竹下節子ブログ

ノートルダム・ド・リエス その3

(これはその2の続きです)

「ルルドやパリでの大規模な警備体制を見ていて巡礼地での今年の聖母被昇天祭はリスクが大きいと思ったんですが、ここではそんな心配はしていないのですか。」

と、私が質問すると、教区の女性は声をひそめて言った。

「それはかなり微妙なんですよ。だってここの聖母のもともとのメインメッセージはイスラム教徒のカトリックへの改宗なんですから」
「今はもうそんなことは表に出していませんけれどね。」

「この前のノルマンディの司祭殺害の町のように、ここにもムスリムのコミュニティがあるのですか」

「いや、ここはいたってクラシックなカトリックの町です。」

一層声をひそめて、

「でも、ほら、クアシ兄弟がランに寄ったし…」

クアシ兄弟というのは2015年1月にシャルリー・エブド編集部を襲撃したテロリストだ。
彼らはランのモスクに行っていたのだろうか。

後でネットで調べたら、大聖堂のあるランにはモスクもあるが、テロリストたちが過激化したのはパリのモスクだ。ランは、テロリストたちがシャルリー・エブド襲撃の後で逃走した時に国道2号線沿いのファストフード店に寄ったとある。
そういえば、このファストフード店は確かに目立っていた。

彼らがパリからの逃走経路として国道2号線に土地勘があったのは確からしい。
兄弟のひとりはランスに住んでいた。ランス市長が「ジハード殉教者の巡礼地」となるのをおそれて遺体の埋葬を拒否したという記録がある(結局はランスで無名の墓所に埋葬されたらしい)。ランスはランから74キロ離れている。

テロリストたちがランに立ち寄ったというだけで、ランから20キロ離れているリエスの人にはトラウマになっているらしい。
リエスはランとランスとソワソンという三つの大聖堂からのアクセスがよく発展した巡礼地であるから、自分たちのテリトリーにイスラム過激派に洗脳されたテロリストがやってきた、ということで、

「そういえばリエスの黒い聖母はイスラムの改宗がテーマだったな、過激派から目をつけられるんじゃなかろうか」

という連想が生まれたわけだ。

黒い聖母のいわれは、いろいろなヴァージョンがあるのだけれど、その一つをかいつまんで書くと、この町出身の3人のマルタ騎士団の騎士たちが1134年の十字軍でキリストの墳墓を守りに行ったがとらえられてカイロのスルタンに閉じ込められ、イスラムへの改宗を迫られた。
スルタンは彼らを攻略しようと美しいイスメリー王女を牢獄へ送る。
金貨を見せて、改宗すれば金をやると言うのだ。
しかしイスメリー王女の方が聖母マリアの話に惹かれて、木片を渡し、それで聖母の姿を彫るならば自分がキリスト教徒になるという。
彫刻ができない騎士たちは天に祈り、次の朝、黒い聖母子像が奇跡的に彫られていた。
イスメリーは夢で聖母のお告げを聞き、騎士たちを脱獄させて自分も聖母像とともに逃げる。
聖母子像を収める聖堂は、ランの大聖堂を造ったときに余った石を使ってできた。

と、まあ、この手の聖像にまつわるよくある話でもあり、今の感覚からいうと突っ込みどころ満載の伝説だ。

今でもリエスではこの「聖劇」が上演されるが、その時に騎士たちが王女に聞かせるのがカトリック教会の「クレド」で構成されているという「教育的公正」が配慮されている。

このヴァリエーションや内容の異同についての考察はここではしない。

で、

「今は妊娠や安産祈願が主です。フランスの歴代の王と王妃が跡継ぎの誕生を願ってここに来ました。」
「アンリ四世もここにきてルイ一三世を授かり、ルイ一三世もここにきてルイ一四世を授かり…」

「え、ルイ一三世とアンヌ・ドートリッシュの祈りをかなえたのはブルターニュの聖アンナでは ?」

「それは、彼らはありとあらゆるところで祈願しましたからね。でも、ルイ一四世を授かったのはこのリエスのノートルダムのおかげなのです。ここで祈願して後でランで泊まった夜に授かったのです。今でもランに宿泊所跡の『王太子の中庭』が残っています。ルイ一三世たちはその感謝のしるしに何度もリエスに訪れています。」

なるほど売店も入っている一続きの「香部屋」もルイ一三世の寄進したものだそうで扉の上にそう記されている。

聖母像伝説が荒唐無稽なのに比べて「ご利益」は結構具体的だ。

(続く)
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by mariastella | 2016-08-18 01:31 | 宗教
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