L'art de croire             竹下節子ブログ

フランソワ(フランス大統領)がフランソワ(ローマ教皇)に会った話

8/17、フランスのオランド大統領はヴァティカンでフランシスコ教皇に会って40分にわたって会見をした。

7/14のニースのテロに続き、7/26のノルマンディでの教会テロの後ですぐに教皇が送ってくれたメッセージに感激してその日のうちに会見を申し込んだという。

ヴァティカンに行く前にまずナショナル・サン・ルイ教会へ赴いた。

1518-89にフランスがローマに造ったバロック教会で、ローマのフランス教区教会となり、ローマに留学中のフランス語圏の神学生や司祭の共同体の拠点ともなっている。
守護の聖人はもちろん1297年に列聖された聖ルイことルイ九世だ。

この教会を管理する財団は他に四つの教会、一二ばかりの建物を持っている。

カトリック家庭に生まれカトリックの教育を受けているが「無宗教」がスタンスであるオランド大統領は、就任後、最初に教皇を表敬訪問した時にもこの教会に寄ったが、それは主としてカラヴァッジョの3点の絵を鑑賞するためだったという。

今回は昨年11月の同時多発テロ以来テロ犠牲者に捧げられたチャペルのひとつで黙とうするのが目的だ。

ニースのテロの後もローマを訪れる多くの人がこのチャペルにろうそくをともして祈った。
7/26以後は、テロの犠牲者アメル神父の写真も飾られている。

オランド大統領は、教会テロの後、

「フランスの教会の代表者たちの言葉は非常に重要なものだった。フランス人を統合することに役に立ってくれた。」

と感謝しているし、教皇へも感謝の気持ちを伝えるために来た。

フランスとヴァティカンが分かち合う「対話と団結という価値観」の重要性を、大統領と教皇は強調する。

テロを前にして、教皇はフランス人の「同胞」としてふるまってくれた、彼の言葉や行動への感謝と共感を教皇に直接伝えることはとても大切だ、と大統領は言う。

中東のキリスト教徒を支援することも含め、パリとヴァティカンは同じ世界観を共有するとも言う。

教会テロの翌日に教皇はオランド大統領に電話して、テロのあった教会がオランドの聖地であるルーアンに近いことに触れたのだそうだ。

オランドと言えば、シラクと同じく南西部のコレーズ県が選挙区というイメージが強かったので、ルーアン出身とは思わなかった。

ましてやテロのあった教会との地理的な近さなど思いつかない。

テロの後でわざわざそれを口にしたのはひょっとして教皇くらいだったのではないだろうか。

ローマのサン・ルイ教会のフランソワ・ブスケ神父は、「我々の統治者は、宗教とは分断するもの暴力的なものではなく、社会のきずなを創るものだと理解した」と言った。

この神父もフランソワ、大統領もフランソワ、教皇フランシスコもフランス読みだとフランソワだ。

教皇が崇敬してその名を選んだアッシジの聖フランシスコは、父親がフランスに行っている間に生まれてジョヴァンニという洗礼名だったのだが、フランスでの商売がうまくいって戻ってきた父親がフランシスコ(フランス人)と呼ぶようになった。  

で、ローマにフランソワが3人。

「一つの教会が攻撃され、一人の司祭が殺されるとき、それは共和国全部が冒涜されたことだ」と大統領は言う。

これが他の宗教でなくカトリック教会であることの意味は、フランスでの「マジョリティの宗教」がおそわれたところにある。

「ある地域でその帰属ゆえに迫害されているマイノリティの宗教」としては今世界で一番犠牲者を出しているのがキリスト教徒だということはよく知られている。

「オリエントのキリスト教徒を救え」というのはもう何年も言われてきた。
1996年のアルジェリアでのフランス人修道たちの「殉教」も、その地ではマイノリティの立場だった。

今回のテロが初めて、「カトリックがマジョリティの場所で司祭が(司祭であるという理由で)殺された」というショックをフランス人に与えたのだ。

でも、さすがにカトリック・マジョリティの国だから、「憎悪や怒りでなく和解と連帯、対話を」という成熟した言葉ばかりしか発せられず、その上「フランソワ」もあちこちにいるし、ローマに行けば「自分ちの教会」もちゃんとあって、なんだかうらやましい。

日本で何らかの形で宗教者に対する「宗教テロ」のようなものが起こったら、だれがだれとどんな言葉をどのように紡いで国際的な連帯や対話につなげていくことが可能なのか、想像もつかない。

オランドにとっては、社会党の政治家としても同成婚法でぎくしゃくしたカトリック有権者に対するパフォーマンスにもなった。
カトリックのネットワークのおかげで、「フランス」の平和でなく「世界」の平和に向けて何かしているような気分にもなれる。

政治的パフォーマンスだけに終わらずに、「テロとの戦い」が本当に本質なところで変わればいいのだけれど。
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by mariastella | 2016-08-19 01:01 | フランス
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