L'art de croire             竹下節子ブログ

ノートルダム・ド・リエス その5

(これはその4の続きです。)

16世紀以来、「巡礼本」として、さまざまな「奇跡」の記録が出版された。

前述したように、プロテスタントの「合理主義」に対抗するために、「伝説」が「奇跡譚」へと変化した。

この文脈での「伝説」とは、「口承の物語」で「奇跡譚」は「奇跡」とみなされる出来事の「記録」である。

記録だから、証人や証言は多いほどいい。
必ず「裏付け」がついている。

この時点で、聖母像の由来からも「伝説」味が緩和された。
3人の騎士は黒い聖母像を牢獄で目覚めたときに「発見」した。
「伝説」では、その像は天から「天使たちに運ばれて」降りてきた、という部分がカットされた。

それは「証明」が難しいからだ。

こうして16世紀の時点で「聖人伝」を含む「信じられない話」のスタイルが変化していったのに、例えば「福音書」の一字一句は書き換えられなかったのだから、そちらの方は「解釈」を変えるしかなかった。
そのずれが少しずつ大きくなった時点で「近代」に突入する。

「巡礼本」には挿絵の版画もたくさんある。
木版活版印刷との相性がいいので木版画が多い。
一つの画面に「奇跡」の出来事の一部始終がまとめて描かれるのが特徴だ。

17世紀(1617)に出版された「巡礼本」では。先の12世紀の「縛り首」の話も15世紀の風俗で描かれている。
もう一つ有名なのが火あぶりになる女性の奇跡だ。

これが、今の感覚でいうと、縛り首よりもっと不思議で、娘の夫に恋をした女がその「義理の息子」を殺したという話だ。
女は司祭のところに行ってその罪を告白する。
司祭は女に言い寄る。
女が拒絶したので、司祭は悪魔にそそのかされて裁判官のところに行って女の罪を訴えた。

女はとらえられて火あぶりの刑に処せられるが、くべられた薪は燃え出さない。

女は解放され、司祭は悪魔に連れ去られる。

リエスのノートルダムがそれを上から見守っている。

これも今読むと突っ込みどころが多すぎてどうしていいか分からないような「奇跡」ではある。

この女のキャラクターをもっと知りたい気になるが、一応、勝手に婿に恋をして殺したというのだから、無実の罪ではない。
縛り首の奇跡と違って、殺人だから、裁判官によって「相応な罰」を与えられている。

それでも、この話で一番の「悪」は、告解の秘守義務を守らず、告解する信者に言い寄った司祭である。

で、司祭は悪魔に連れ去られ、聖母に助けてもらえなかった。

ここでの「司祭」が悪であるという設定から、この「巡礼本」が司祭を頂点とした「教会」のプロパガンダではなく完全に「民衆」の視点から書かれていることが分かる。

民俗学者のフレイザーが「迷信の果たしてきた役割について」書いたものがある。

1. あるいくつかの民族では、そしてまたある時代においては、迷信は政治、ことに君主制政治にたいする尊重の念を強め、その結果、社会的秩序の制定とその維持とに寄与する。

2. あるいくつかの民族では、そしてまたある時代においては、迷信は所有権に対する尊重の念を強め、その結果、その安全確保のために寄与する。

3. あるいくつかの民族では、そしてまたある時代においては、迷信は結婚に対する尊重の念を強め、その結果、既婚未婚の区別なく、すべての人々の間にはなはだ厳格な性的道徳を確立することに寄与する。

4. あるいくつの民族では、そしてある時代においては、迷信は人命に対する尊重の念を強め、その結果、その安全確保のために寄与する。

ノートルダム・ド・リエスの「伝説」は、たとえ「迷信」であっても、このうちの「4」にかかわる。

財産権を侵された隣人による私刑よりも、
裁判官による判決による火刑よりも、
これらの上位暴力に抵抗できない「相対的に弱い人」の生命を救うことが聖母のメッセージになっているわけだ。

(続く)
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by mariastella | 2016-08-21 00:19 | 宗教
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