L'art de croire             竹下節子ブログ

フランスの金メダリストのカップル、トニー・ヨカのタトゥーの話

リオ五輪ではフランス・チームが最終日にも金メダルをとったので話題になった。

ボクシングの最重量級のトニー・ヨカで、彼の婚約者エステル・モスリーがこれは軽量級で前日に金メダルをとっていた。二人は互いの試合を声が枯れるまで応援し合ったそうで、ほほえましかった。

24歳同士で、12月に結婚するという。トニーは2メートル近い大男だけれど少年のようで、二人がどちらもかわいらしく、見た目もなんとなく似ている

トニーはコンゴ出身の父がいるハーフで、エステルの方はやはり父がマルチニック(カリブの海外県)出身(母親はウクライナ人)ということでハーフ、その雰囲気のせいかもしれない。

フランスはもともといわゆる国際結婚がヨーロッパでとびぬけて多い国だけれど、いわゆる異人種間の結婚も少なくない。
私の直接知っている人たちの場合はやはり海外県の人と本土の白人という組み合わせが多い。
海外県の人はカトリックがほとんどだし、コンゴもカトリックが多いから、結婚にあたって家族関係のハードルが低いのだろう。

本当に人種差別を撤廃するにはこんな素敵なハーフがたくさん活躍すればいいのだと思う。
遺伝的に見て、近親結婚が一番まずく、あとは離れていればいるほど生物学的に有利なことは自明だし。

女性差別の撤廃について男と女ばかり対峙させていたら、トランスジェンダーやらホモセクシュアルの人たちの差別が解消されないのと同じで、人種差別の解消には、人種の平等というだけではなく、もともと「異種」でもなんでもない異人種間のグラデーションゾーンを増やして可視化すればいいのにと思う。

リオのオリンピックで、ヴァティカンにも招かれたことがあるジャマイカのウサイン・ボルトは首に不思議のメダイをかけていた。
ブラジル・サッカーのネイマールが表彰台で例の「100%JESUS」の鉢巻きをしていたことで注意を受けた。

ボルトはカトリックでネイマールは福音派というわかりやすい話だが、フランスのボクシングのトニー君はちがう。

2012年のロンドンで負けたことから奮起するために腕に彫ったというタトゥーが

「La chute n’est pas un échec, l’échec c’est de rester là où on est tombé」
(落ちることは失敗ではない、失敗とは落ちたところにとどまっていることだ)

というソクラテスの言葉である。

ネイマールは、鉢巻きはしなくても、体や首や手首に、十字架だの聖書のメッセージや「祝福された者」「神は完全」「信仰」などいろいろなタトゥーを入れているそうだ。

それに比べてトニー君はソクラテス。

トニー君も婚約者の金メダリストであるエステルさんも、理系バカロレアに合格した後で勉強を続けている。
つまり、バカロレアの哲学で4時間も筆記試験を受けた青年たちだ。
哲学の授業でソクラテスも習っただろう。

エステルが先に金メダルを取ったことでプレッシャーはなかったかと聞かれたトニー君、

「それは…もし僕がとれなかったら(頭が上がらないから)皿洗いが…」

などと答えていた。

このカップル、フランスの私の好きな部分を体現していて気に入った。
ボクシングなんて私の一番好みでないスポーツの一つだけど。

日本のメダリストにもベイカーさんとかケンブリッジさんとか名前からしてハーフの人が活躍していたのはすごくいいことだ。

先日ノートルダム・ド・リエスに巡礼に行った時に、講演をした歴史家の奥さん(法律家)とお話したのだけれど、彼女は春に日本旅行に行って、その伝統的なものと斬新なものの織り成すエネルギーに感動した、と言っていた。

「いったいどこからあのような新しさ、エネルギーが生れるのでしょう。」

と心から不思議そうに聞かれたので、思わず、

「うーん、それは、ひょっとして国際結婚みたいなものかもしれませんね。日本は日本であり続けながら、近代の初めに西洋近代文化と結婚することを選択した。出会うまでのそれぞれの暮らし方は違っていたけれど、そのカップルから生まれた子供である「日本の現代文化」は、遺伝子が離れているカップルから生まれる子供たちのように、新しく、驚きと可能性に満ちているのかもしれません」

と答えてしまった。

「和魂洋才」から生まれた子供たちである「文化」がもう東洋や西洋などという二元論をとっくに超えているのだと思いたい。

そういう形のグローバリズムだけが、「異文化の衝突」という悲劇を回避できるのかもしれない。
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by mariastella | 2016-08-26 00:58 | フランス
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