L'art de croire             竹下節子ブログ

ポケモンGO とカトリックの話

今朝のラジオで、誰が書いたのか聞き逃したけれど、おもしろい記事のことが紹介されていた。

フランスでも人気のスマホアプリ「ポケモンGO」に関してだ。
このアプリはスマホ画面を通して見る現実の場所の中にポケモンが登場するのをキャッチするというもので、公園などいろいろなところに人々がスマホを眺めながらおしかけるということで問題にもなっている。

リアルの世界にアニメのキャラクターが登場するといういわゆる「拡張現実」(Augmented Realit)というやつだ。

で、この現象を評した誰かが

「神、人はそれを信じる。

ポケモン、人はそれを見る。

幻想(イリュージョン)は信仰よりも強し」

と言ったのだ。

キリスト教は、名もなく姿も見えない一神教の神に、受肉した「子なる神イエス・キリスト」という姿を通して可視化したけれど、そのイエスも二千年前に昇天したので今は見えない。

それで、人々はせっせと、イエスの生まれた時から十字架で死んで復活して昇天するまでの姿を描いたり彫ったりしてきて拝んでいる。
見えるものそのものを拝むのは偶像崇拝だから、図像は信仰の手助けにするためにあるはずだけれど、
「リアルに見えないもの」を信じるというのはそれでも難しかったらしく、昔から、幻視者、見神者、神秘家というのがいて、リアルのイエスや聖人や聖母マリアの「ご出現」をたりお告げを聞いたりする話はことかかない。

考えてみたら、「ご出現」ってまさに拡張現実だよなあ。

深夜のチャペルに呼び出されると椅子に座っている聖母に出会うカタリナ・ラブレー、誰にも何も見えないルルドの洞窟に聖母マリアが現れるのを見て感激するベルナデット、彼女らは神秘のアプリをダウンロードしていたのだろうか。

スイスの国境から遠くないフランスのベルガルドの教区司祭は、多くの教会の前庭がポケモン探しのポイントになっている(ベルガルドの場合がまさにそう)ことを『ラ・クロワ(カトリックの日刊紙)』の記事で読んだ後で、このチャンスを逃す手はないと決心して 教会の扉に貼り紙をした。

「教会の前にようこそ ! ポケモンをさがしに来たんだね。
でも、知ってるかい ? この教会の中には、
君のことをさがして君を待ってるどなたかがいるんだよ。」

というものだ。拡散OK と言っている。

「君を待っている」のが「まさかピカチュウじゃないでしょうね?」とジョークで返した教区の信徒もいたが、これからの巡礼地はもう「スタンプラリー」なんかじゃなくて、要所要所に聖母や聖人や天使なんかが拡張現実で出現するアプリなど開発される日が遠くないかもしれない。

私はスマホさえ持っていないしオンラインゲームとも無縁だけれど、先日、うちのダイニングルームで一緒に席についていた若者が、テーブルの上にポケモンを発見してキャッチしてそのやり方を見せてくれた。

えっ、うちの食卓の上にもポケモンって出てくるのか、と驚いた

それならきっと目に見えないありがたいものだってすぐそばに漂っている気がしないでもないけれど、「心の目」のアプリがないと見えないのだろう。

拡張現実の地平を通して信仰を養える人って、うらやましい。
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by mariastella | 2016-08-27 00:07 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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