L'art de croire             竹下節子ブログ

「父の祈りを」(ジム・シェリダン監督/DDルイス主演)1994

先日Arte で視聴したこの映画、テーマが多すぎる。

まず、悲しいくらいに「アイルランド」映画だ。

イギリスのEU加盟は1973年、この映画のもととなったIRAによるロンドンのギルドフォード・パブ爆破テロが1974年だから、まだ、南北のアイルランドの国境が取り払われて交流が進むという感覚はなかったころかもしれない。

それから40年も経って2016年の英国のEU離脱決定の後で、北アイルランドの人たち(祖父母や両親がアイルランド人であればOK)が英国のパスポートとアイルランドのパスポートの両方を持てるということで申請に殺到したというのは記憶に新しい。

分離独立運動は1998年に和平が成立したが問題は継続している。英国のEU離脱が決まった今、再燃することは間違いがない。

1.カトリックのテーマ

タイトルだが、日本語では「父への祈り」と、獄中で無念の死を遂げた父の慰霊をするかのように息子が生まれ変わって戦った、ような印象を与えるけれど、原題は『In the Name of The Father』で、これはもちろん典礼の「in the name of father son and holy spirit(父と子と聖霊の名において)」(その後でアーメンと続く)をもじったものだ。

父とはもちろん父なる神である。

映画の中での父はロザリオを持っていて、刑務所の中でも毎日ロザリオの祈りを唱えている。

それを見る息子は笑い飛ばす。

多分小さいころには家中で唱えていたものだろう。

それを刑務所に入ってからも律儀に続けている父を笑うのは、

「何をいまさら。あんたの聖母様(ロザリオは聖母マリアへの祈りが中心)が何もしてくれないから俺たちはこんな目にあっているんだぜ。すべてはこんなものを信じているせいなんだ。祈っても無駄なのは証明済みさ」

というような気持が哄笑となって出てきたのだ。

アイルランド問題の底には宗教問題がある。

カトリックが優勢なところに、宗教改革の後でスコットランドやイングランドから北部に入植してきたプロテスタント系住民が自分たちに有利な選挙方法で権力を掌握し、カトリックを迫害した。

住居や就職でも差別された。

この映画でも、父親の仕事が健康を蝕むもので、それはカトリックだからだと息子が指摘している。

また息子は無職でヒッピーまがいで盗みを働く「不良」だが、首からは十字架をぶら下げている。

カトリックであることは宗教ではなくてアイデンティティの問題なのだ。

ロンドンに行った息子とようやく電話で話せた時も親は「ミサには出ているか?」と尋ねている。
息子はもちろん嘘をつく。そこで「そんなもん、出るわけないだろ」とは言わない。

法廷に出る時も母親が陪審の印象をよくするためにと「日曜日の服」を用意する。
つまり地元では日曜には背広を着てネクタイを締めて親と共に教会に行っていたのだろう。

父は、刑務所の食堂で、テロの真犯人であるIRAの活動家と出会う。
彼に頼んで息子の無実を晴らしてもらうという意識より先に、父は無差別テロがゆるせない。

お前が殺したのは「すべて神の子」なんだ、と怒りを見せる。

唯一の救いは刑務所に聴罪司祭が出入りしていたろうということで、彼の死を息子に知らせに来るときにローマンカラーを付けた司祭がたずねてくる。

父の名がジュゼッペというイタリア名であることが妙なトラウマになっていることもおもしろい。

ジュゼッペは聖家族のヨセフであり、カトリック世界では普通の名だが、国によってジョゼフ、ヨセフ、ホセ、などと読み方が変わる。

祖母が父親を妊娠していた時に町にやってきたイタリア人のアイスクリーム売りがジュゼッペということでそう名付けたのだそうだ。
父親の生まれた時代のアイルランドで一人だけ「ジュゼッペ」という名で育つのは確かにトラウマになりそうで、息子までそれを意識している。

(続く)
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by mariastella | 2016-08-28 04:08 | 映画
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