L'art de croire             竹下節子ブログ

「父の祈りを」(ジム・シェリダン)その3

(これは前回の続きです)

冤罪のテーマ

1972 年にイングランドの統治に反対する市民らのデモに陸軍が発砲した血の日曜日事件以来、IRAによるテロも激化した。
1975年のテロ特別法で、証拠がなくても容疑者を7日間交流することが可能になり、これが徹底していたので、IRAによるテロは実際下火になった。

法治国家では法が変われば正義も変わる。

9・11の後のアメリカの愛国法など、21世紀でもいくらでも起こるエピソードだ。

ただ、真犯人が名のり出た後もイギリス当局は主人公たちの再審をしないばかりか、実は、最初に主人公が自分たちのアリバイを証言してくれると主張していたホームレスの男を探し出していた事実も握りつぶしていた。

ホームレスの男の証言によって主人公らのグループがパブ爆破については無罪だと分かったうえで、それでも彼らがアイルランド人のヒッピーであることは変わらないのだから、政治的判断で「犯人検挙」を演出していたわけだ。

しかし、実は法廷に出さない極秘文書に、ホームレスの証言記録が残っていた。それを偶然見つけた弁護士によって再審が行われ、全員釈放となる。
それまでにはイギリス人も含めて多くの支援団体ができていた。
父を病気で死なせてしまった息子が父の無念を晴らすためにようやく本格的に抗議行動を起こすようになったからだ。
彼と父だけではなく親戚の子供たち(14歳のいとこなど)に至るまで、共犯を問われて服役し、人生を狂わされていた。

それにしても、そんな不都合な極秘書類、封印するぐらいだったら、どうして「破棄」していなかったのだろう。

証拠を隠すくらいに、恣意的で公正でない検察が、破棄だけはしないでとっておいたというところが、これも「先進的法治国家」ならではの「お花畑」ぶりという気もする。

しかし、これだけの歴史に残る「冤罪」であったにかかわらず、証拠を隠ぺいしていた検察側や暴力や脅迫で自白を強制した警察の側も、結局、だれも責任を問われず、だれも罰せられなかった。

ドレフュス事件を思い出す。
ドレフュスを冤罪に陥れた責任者たちはやがて何もなかったように昇格して出世している。

ドレフュスは「歴史」となり、ドレフュスを擁護した運動も「歴史」となったが、「責任者」も「真犯人」も雲散した。

一つの冤罪が生まれる背景には、たんなるエラー、判断の過ちなどではなく、その冤罪の出現を可能にする大きく重い歴史と政治の装置があるということだろう。

この映画は、今の時代に貴重なメッセージを伝えてくれる。

テロの脅威、非常事態宣言、テロ捜査における様々な特令。

今、過去に学ばなければ、私たちは「疑わしきは罰せよ」の安心感にきっと惹かれてしまう。
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by mariastella | 2016-08-30 00:27 | 映画
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