L'art de croire             竹下節子ブログ

カトリック教会の修復能力

この夏、7月にフランスでテロが二つあった。

革命記念日の夜のニースで起こったトラック・テロと、7/26のノルマンディでの教会テロだ。

9/24に、ニースのテロの犠牲者、負傷者、家族ら180人が市長とともに飛行機2 機とバスを乗り継いでヴァティカンに向かった。一人300ユーロの経費は市が負担した。

一行のうち三分の一がムスリムで、無神論者もいる(フランスで無神論者、と自称するのは反教権主義=反ローマ教会)。

ニースが市の予算をこれに使うことを政教分離主義違反だと批判する人権団体もいた。でもニース市長は、テロのすぐ後にメッセージを送ったフランシスコ教皇から宗教と関係のない励ましと慰めを得たとしてこの出会いを企画した。

一人一人がフランシスコ教皇に慰められた。
犠牲となった子供の形見のぬいぐるみを渡してそれを教皇が抱きしめてくれるのを見て涙する人もいた。
ムスリムの女性も感激していた。
メディアからも政府からも忘れられていくような不安を抱えていた人たちにとって、教皇との出会いと励ましが次のステップに向かう貴重なひとこまになったのだ。

10月最初の日曜は、テロ以来閉鎖されていたサン・エチエンヌ・デュヴレ教会が再開された。

聖堂の中で司祭が喉を掻き切られるという蛮行は聖堂を冒涜するものだった。

で、ルーアンの大司教が来て、教会のあちこちに「聖水」をふりかけて浄化、清めた。

テロリストに倒されたり触れられた大蝋燭なども取り替えられ聖水をふりかけられた。

ムスリムの代表も最前列に招かれ、教会前の広場にはスクリーンが設置されて、皆が、

「教会が清められた」

ことを確認できる。

カトリック・テレビは全部中継したし、全国ニュースでももちろん流れた。

普通は、「聖水」なんて言っても、そんなもの、信者でなければただの水だろうと思われる。

それでも、こういうシーンでは、そのシンボリックな力は大きい。

悪魔払いでも、吸血鬼にも、聖水をかけて撃退するというシーンは、文化の中に根づいている。

水で清めるというのは普遍的で、日本でも神社に詣でる前に手や口を漱ぐし、水垢離もある。
効力があるかないかとか信じているのかいないのかというよりも、地鎮祭だとか、各種のお祓いのように、けじめとしての機能を持つものもたくさんある。

普通の建物でも、殺人の舞台になったり、孤独死や自死のあったところに住み続けたり貸したりするのは容易ではない。

去年の11月のパリの同時テロでバタクラン劇場で多くの犠牲者が出て、人々が毎日花を供えたり、追悼のカードを捧げたりしたけれど、それは「清め」にはならない。

バタクランの犠牲者や負傷者に最近政府が「勲章」を授与したことが問題になった。
たまたまそこにいて不運な目にあったというだけで勲章なんてもらうのは違和感がある、という当事者もいたし、その勲章の「格」が、そのような犯罪や災害に立ち向かう消防員や警察に与えられるものよりも「上」だということを批判する人もいた。

個人的な追悼や、政治的な配慮は「清め」に代わるものとはならない。

ニースの犠牲者たちも、ヴァティカンというロケーションに出かけて行って、ローマ教皇というシンボリックな存在に「触れて」もらうことではじめて「清め」られて、再出発の後押しをされたのだ。

カトリック教会の聖堂内のテロというとなおさらで、「清め」のシステムが総動員される。

テロがトラウマになっていた町の人全員(市長はフランス共産党)にとって、教会が清められて再開されることは大きな励みになった。

それだけではない。

大司教が、ローマ教皇がアメル神父の列福審査をすぐに開始することを許可したと発表した。
人々がどよめいた。

普通は列福審査(福者の列に加えられる。聖人の前段階)を開始する前に死後5年が経過しないといけないことになっている。何か不都合なことがあれば5年のうちに明るみに出るだろうし、様々な直接の利害関係も緩和できるからだ。
でも、マザー・テレサやヨハネ=パウロ二世には特別にその5年の待機が外された。「実績」がものをいったからだ。

アメル神父も、教会でミサを上げている時に殺されたわけで文句なく「殉教者」認定だろうから、「奇跡」の認定がなくても順調に福者となって、多くの人の祈りを取り次ぐことになるだろう。

イスラム過激派のテロリストたちも殉教するつもりで「聖戦」に参加したのだろうけれど、結果的には、カトリック教会の殉教者を作って、村の人々の連帯に寄与してしまった。

それがまた全カトリック教会に波及する。

修復システムとしてのカトリック教会の実力はこういう時に発揮されるんだなあ、と思った。

人が有限な存在である限り、スピリチュアルなシステムは永遠に必要とされるだろう。

アメル神父は死ぬ前に「出て行け、サタン!」と言った。

19歳の少年にではなく、彼を突き動かした悪魔に叫んだのだ。

人質になったシスターたちは今も、少年たちを裁くことはできない、と繰り返している。
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by mariastella | 2016-10-04 05:27 | 宗教
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