L'art de croire             竹下節子ブログ

センス オブ ワンダー

リスボンのサン・ジョルジェ城に上った時、あたりの地形との関係で、よくこんなに複雑な設計ができたなあ、と思った。

この石を一つ一つ運んではめ込んだのだなあ、と、その労力(または労力の搾取のシステム)にも、それを可能にする技術にも感心したのだ。

もちろんローマ帝国の土木技術や、中国やエジプトの歴史建造物もあるから、リスボンの城が特に奇跡の建築というわけではない。

でも、近頃、実際に足を運んでどこかの建築物を訪問している時に、その「すごさ」に感動することが多くなった。

「センス・オブ・ワンダー」というけれど、まさにそれだ。

よく子供はなんにでも素直に感動してセンス・オブ・ワンダーがあるが、年を取ると「すれて」きて感動が少なくなるという言い方があるけれど、私の場合はその反対だ。

子供のころは、自然の山だろうが、海だろうが、人工の要塞だろうが大建築だろうが、「そこにある」こと自体には驚かなかった。
当たり前に与えられていたからだ。
食べることも寝ることも排泄することにも驚かなかった。
いちいち驚いていては、生きるための様々なルールを覚える暇がない。

変な話、年を取ると、食べることも寝ることも、排泄することもすごいなあ、なんてすごいんだ、体の仕組み、生命の仕組みは・・・と毎回思っている。(私だけ?)

で、若い人たちが楽しそうに上っていく複雑な地形の城塞の階段も、「すごいなあ、誰がどうやって計算してどうやって造ったんだろう」とほとんどショックを受けながら上がることになる(私だけ?)。

そんな時に、放し飼いのクジャクが数羽出没した。

思わず写真を撮った。

みれば周りの人もみな写真を撮っている。すごい人気だ。

信仰やら権力欲やらいろいろなものに支えられて何世紀もの間そびえている堅固な城塞の中を、多分数年前に生まれて数年後には死ぬような鳥が闊歩する。
それは儚いのだけれど、無機的な石の積み上げの中を動くクジャクの有機的な「いのち」が、その場ではとても魅力的に見えるのだ。

人間は不死やら悠久を求めて、あらゆる意味で自分の身の丈をはるかに超える壮大なものを創ることができる。けれども、自分たちよりも弱々しそうな鳥が生きて動いていることにもさらなる驚異の念を抱くようにも、できているらしい。
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by mariastella | 2016-10-17 20:49 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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