L'art de croire             竹下節子ブログ

フィリピン大統領とカトリック

暴言王として有名で、この人が大統領に選出されたのだからトランプ大統領の誕生もありうる、と思えてくるフィリピン大統領のロドリゴ・ドゥテルテ。

大統領選出馬を表明した昨年11月に、フランシスコ教皇の2015年マニラを訪問時の交通大渋滞で車が身動きできなかったことについて、
「こう言ってやりたかった。『売春婦の息子である法王よ、自分の国に帰れ、二度とこの国に来るな』」
と語った。

フィリピンは人口一億人の8割がカトリックとアジア最大のカトリック国。

けれどもドゥテルテが市長を務めていた南部のミンダナオ島(人口200万人)はスペイ統治より前に伝わったイスラム教が優勢で、しかも過激化していると言ってカトリックは被害者意識を持っている、フィリピンでは珍しい場所だ。そんなところで成功してきたドゥテルテの宗教は何なのかと調べると、一応カトリックだった。

前述の暴言にも一応謝罪の手紙をヴァティカンに送り(宗教は別にしても一国の首長を公然と罵倒したのだから当然だとはいえ)、ヴァティカンからは

「お祈りします」

と答えをもらったという。

今年の5月10日に当選してからは、12日には、ヴァティカンを訪問して教皇に謝罪するのが優先事項だと訪問を申し入れたと言っていたが、返事はもらえなかった。

女性へのセクハラ発言もトランプなどかわいく見えるようなひどいことを言っていて、1989年にミンダナオの暴動で、ダバオの刑務所内で集団レイプされ死んだオーストラリア人の修道女についてのコメントで「自分もやりたかった」などとコメントしたことが問題になった。その時ももちろん「謝罪」している。

5/22には、対立候補者に6百万票の差をつけたことで自分はカトリック教会よりも影響力がある、と堂々と語り、さらに、

「フィリピンの司教たちは恥ずかしくないのか、売春婦の息子よ、私にまでに金をせびった」

などとインターネット・サイトで発言している。

一夫婦につき3人の産児制限法も公約していて、カトリックの避妊禁止のせいで人口が増えすぎた、と公言している。

2006年に廃止された死刑制度の復活も公約していて、これには、リパの大司教ラモン・C・アルグェリェスが、もしも死刑制度が復活するならすべての死刑囚の代わりに私が死ぬ。それこそが、キリストが私たちにしてくれたことではないか? と、アメリカのカトリックサイトCrux(5/19)で語った。

アメリカとは手を切る、中国と日本の間でうまく立ち回る、という感じの今のドゥテルテの雰囲気を見ていると、偽善的なキリスト教にはうんざりで非キリスト教の中国と日本に近づいた、という面もあるのかもしれないとちらと考えたけれど、そうでもないらしい。
彼の票田には、プロテスタント系団体「イグレシア・ニ・クリスト」(INC)が数百万票もの組織票を持ち、過去の大統領選でもキャスティングボードを握った。

1986年2月の「民衆革命」ではカトリック教会ハイメ・シン枢機卿が反マルコス大統領を訴えて、マルコスは亡命、敬虔なカソリックのコラソン・アキノ夫人が大統領になった。2001年にもシン枢機卿がエストラダ大統領の汚職の粛清を訴えて退陣につなげたけれど、2005年に亡くなった。

このようなことを考えながら、フィリピン人のメイドさんの到着を待って質問した。

彼女とは以前にももう何度も話し合っていて、フィリピンの「敬虔なカトリック」の平均的なプロフィールと信仰心を持つ人だと分かっている。

私はフランスでミンダナオ島出身の家政婦さんに振り回されて罪悪感を目いっぱい利用された経験があるのだけれど、日本人と結婚していて日本で働くメイドさんはやはり雰囲気が違うのかなあとも思っていた。

ところがドゥテルテについて質問すると

ドゥテルテは敬虔なカトリック、善きカトリック。

教皇に失礼なことを言ったけれど、その時に多くの人が思っていた本音を言っただけで、信仰の深さとは関係がない。全然問題がない。

麻薬関係者を一掃するのは当然。

誰かが人を殺した時点で死刑にするのも当然。

冤罪は?
  私は司法と判事を信じる。神さまは声を出せないのだから。

教皇の言っていることと大統領の言っていることが矛盾したら?
 国のことは国が決めるのが当然。みんなの考えを代弁するのが大統領だ。

教皇が何か言うのはことば。国の決めるのは法律。法律に従うべき。

でも例えばあなたの息子が冤罪に問われて死刑判決を受けたら?
 冤罪かどうか、絶対的証拠があるのかどうかは判事が決めるから大丈夫。

マルコスの時代は偉大な時代だった。マルコスも善きカトリックだった。

などなど…。

メイドさんはたぶんマルコス時代に生まれたのだと思う。
当時の冷戦の状況、対共産圏国家の政策におけるレーガン大統領やローマ教皇の連携との関係など事情は複雑なのだけれど、メイドさんがなんの屈託もなく、マルコスもドゥテルテも称賛しているのを見ると、軽い衝撃を受ける。

彼女を見る限り、一般のフィリピン人は「独裁者」を嫌がってはいない。
これが一神教の「絶対神」に帰依する伝統から来たのだろうなどという無知で軽率なことは言えない。

でも、神に対する愛や信頼と、大統領や判事に対する信頼は半端ではなくセットになっている。

それにしても、アメリカ人なら多くの人が今回の大統領選の二人の候補について「恥ずかしい」と言うのに、フィリピン人はドゥテルテの暴言を基本的に気にしていないというのもおもしろい。

本音だからといって真実であるとは限らない。
でも、アメリカ人のほうが偽善的でフィリピン人の方が実際的なようにも見える。

もし私に、敬虔なプロテスタントでトランプ支持者のアメリカ人と話す機会があったなら、果たして同じような言葉が返ってくるのだろうか。

普遍主義に根差した自由・平等・博愛という建前の大切さを再認識する。

この建前を喜びとともに生きるのが大切だ。
憎悪や怒りや妬みや侮蔑を生み出すような本音など絶対に封印しなくてはならないと自戒する。

でも、怖いのは、喜びとともに負の本音を生きている人たちもたくさんいるということだ。

メイドさんの言葉をフランシスコ教皇がもし聞いたならやはり

「お祈りします」

という返事が返ってくるのだろうなあ。
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by mariastella | 2016-10-29 00:41 | 宗教
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