L'art de croire             竹下節子ブログ

デヴィッド・イェーツの『ターザンreborn』

帰りの機内で4本の映画を試聴。フランス映画はなかった。

行きの機内で見たアメリカ映画は『ズートピア』だったのだが、コメントを書けなかった。
なんだかとても立派で正しい映画で、そのよくできている具合が、現実のアメリカやこの世界で起こっていることとあまりにもかけ離れているので言葉が出なかったのだ。

ところが帰りの機内で見たアメリカ映画とイギリス映画はあまりにも気分が悪くて、でもこちらの方が現実を反映している。

一つはアメリカ映画の『ターザンreborn』だ。

特殊撮影の迫力あるアクション映画とだけ思えば楽しいだろうが、私にとっては、もろコンラッドの『闇の奥』ですかという息苦しさで、とりあえず「ああ、ベルギーに住んでなくてよかった」、と思うってしまうくらいだ。

それくらいに、オーストリアのクリストフ・ヴァルツの演じるベルギーの公使(はっきり言ってあまりベルギー人っぽく見えない。フラマンでなくワロンということだろうけれど)の演じるレオン・ロムというのが、悪役すぎる。

こういうのを見ていると、ヒトラーのホロコーストよりすごい。
ヒトラーは、自国内のマイノリティを排除したわけだけれど、象牙(これも気分が悪くなるほど大量に獲られている)や宝石を求めて他の文化圏を侵略して、なんの迷いもなくそこに暮らしている人を殺したり奴隷にしたりするのだから。

ベルギーがカトリック国というのもひっかかる。

今のフランスなんかでは、ブラック・アフリカ人でも、セネガルなどイスラム圏から来る人よりも、コンゴから来る人の方がはるかに受け入れられやすい。
カトリック教会の教区民になるからだ。
教区によっては彼らの存在感は大きいし、司祭不足の地域ではコンゴ人の司祭も普通にいる。

でもそれはみな、コンゴがベルギーの植民地だったからだと思うと複雑だ。

タンタンの冒険のコンゴの巻だったって、30年前に読むのと今読むのとではまったく違って、よくこんなものが通用しているなあと思うくらいだ。

その上、この映画のレオン・ロムというのが、最初から最後まで、カトリック的なロザリオの数珠を手にしている。
9歳の時にエルサレムの土産として神父からもらった特殊なロザリオで、これをいつも手に持っていて、最初はその手で花を摘む画像が出て、先住民の部族に囲まれた時もそれをしっかりと握っている。
最後はターザンの首を絞めつける凶器としても使われる。

このベルギー人の奴隷売買をはじめとする蛮行や腐敗ぶりは、ターザンに同行した黒人のジョージ・ワシントン・ウィリアムス博士というアメリカ人によって1890年7月に告発される。

でもこの博士そのものが、黒人だけれど、南北戦争のトラウマを引きずり、多くのインディアンを殺した体験があって罪悪感に苦しんでいる。
そのあたりで、人種差別が単純な黒白の問題ではない錯綜した深刻な問題であるということが表現されているのだろうけれど、アメリカ映画だからアメリカの役割も大切になっているわけだ。

でも全体として気分が悪いし、なんだか、槍を持って集まる先住民の男たちの「非文明的」、「野蛮」な様子の迫力を見ていると、もし私が黒人だったら今さらこんな役を家族や知人には演じてほしくない、などと思ってしまう。

アレクサンダー・スクルスガルドのターザンは逞しい体に少年のようなかわいい表情の頭がついていて、そのギャップがかわいいといえばかわいかった。
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by mariastella | 2016-11-10 03:04 | 映画
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