L'art de croire             竹下節子ブログ

クリント・イーストウッドの『ミスティック・リバー』

2003年のこの作品。昨日書いたように、「名作」とは私には思えない。
俳優たちが名演なのは認める。

でも『ポリナ』のような、ビルグンドゥス・ロマンやイニシエーションの物語がない。

人は人生のどの段階でも、少しずつ新しいものを発見したり地平や視界が開けたり、見えないものが見えるようになったり、試練や喪失を経ても成長したと思えたりできるものだ。
だから、映画のテーマというのも、どこかにそんな要素を描いているか、あるいはそのような体験をさせてくれるものがほんとうに心に残るのかもしれない。

少なくとも小さなエゴを突破するようなシーンがほしい。

『ミスティック・リバー』は人間の心理のいろいろなスペクトルを描きだして見事であるのに、そこに閉じこもっているせいでカタルシスを得られないのだ。

人は人生で受けた傷をどのように生きるのかに関しての洞察は与えてくれる。
この映画の中心になる傷は、ある少年が子供の時に友人2人の目の前で拉致されて監禁されたトラウマが大人になった3人に残っているというものだ。

この映画の救われなさから、教えられることもある。

やはり、「恐れるな」ということだ。

「他者からの残忍な行為に対して恐怖を抱く」ことが「他者に対して残忍になる」ことにつながる。

恐怖が悪の連鎖を生むのだ。
憎悪が憎悪を生むというのもそうだが、憎悪にまでいかない恐怖が十分、残忍さを生む。

テロリズムというのもそうで、いつ襲われるかもしれないという恐怖(テロル)を与えることが最大の効果となる。無差別殺人の残忍さへの恐怖が、人の心を残忍さで武装させる。
抑止力などという名がつくこともあるが。

そのことからしても、子供の虐待はもちろん、残忍な行為の犠牲者にトラウマのケアをすることがいかに大切かが分かる。

フランスでカトリックの聖職者による過去の小児性愛スキャンダルを隠してきたことについて、司教団がルルドでの総会で公式に謝罪した(11/7)。
この種の事件は隠れてひっそりと扱われるべきだと考えたことが誤りだったと。
もちろん、保身の意識もなかったとは言えない。
これからはこの悪と立ち向かうために、自分たちの存続を優先しようという誘惑に負けないで立ち向かうと明言した。

ナチスの時と同じだ。一人一人のユダヤ人の運命よりもカトリック教会はカトリック教会の存続を優先するために、ナチス非難の矛先を和らげた。その意味で、今回、そこまで踏み込んで謝罪するのはなかなか潔い。

そのことについてあるカトリック新聞に一コマ漫画が載っていた。

男の子の手を引いた男が暗い顔をしている。
男の子が心配して「悲しいの?」「あの人たち(司教たち)が謝ったのはパパにだったの?」と聞く。
父親は答える。
「ぼくの中にまだいる君と同じくらいの年の男の子にって言った方がいいかな」「だけどどうやってその子の年でも分かるような言葉で説明していいのか分からないんだ」

そうなのだ。
傷ついた子供は傷ついたまま葬られている。
その屍をかかえたまま大きくなったのは別の男だ。
屍を蘇生させ、傷を癒さない限り、謝罪など意味をなさない。

『ミスティック・リバー』の犠牲者にも過去の自分と同じくらいの年の息子がいる。
父親となった自分は、子供のころの自分ではない。傷ついた子供はゾンビとなって大人の男の中に巣くっている。
男は、自分を葬ることでしか、傷ついた子供のゾンビを追い払うことはできなかった。

この映画をこのように終わらせては、トラウマをかかえて生きている多くの人たちに希望のメッセージを届けることはできない。『ポリーナ』の美しさを観た後なのでなおさら、アートというものの使命について考えさせられてしまった。
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by mariastella | 2016-11-21 01:56 | 映画
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