L'art de croire             竹下節子ブログ

「ハドソン川の奇跡」クリント・イーストウッド

少し前に観た映画。

その前に見た『インフェルノ』に続いてトム・ハンクスが主演だった。

ここの映画でも、ヒーローなのに、悪夢から覚める最初のシーンから、トラウマを背負って情けない感じで、インフェルノの冒頭が幻覚から覚めるのとかぶって、なんだか、トム・ハンクスって哀れをそそるなあと思ってしまった。

しかし、短いスパンの出来事をうまくフラッシュバックさせてよくできている。
乗客の扱いはミニマムで、母子と親切な隣席の人、ぎりぎりで乗り込めた父子など、少ないのに効果的に配されている。
結末を知っているのにどきどきする。

でも水温が2度で、体感温度は零下20度のNYなんて、私ならあの状況で、低体温で死ぬんじゃないかと思う。まあみなストレスでアドレナリン全開だからもったのかもしれないが。

鳥に突っ込まれてエンジン停止、左旋回して見えたハドソン川への不時着水を試みる機長。

「ラガーディアに行くにはマンハッタンを横断しなければいけない。そこは人口密集エリアだ。もし地上に被害を及ぼすことになったら…」。と、リスクを見積もったと報告書にあるそうだ。

いやでも、沖縄のオスプレイの「不時着水」を思い出す。
あちらは翼も折れて明らかに墜落だと言われているけれど、ニコルソン調整官という人が、住民に被害がなかったのだから感謝しろと言ったとか言わないとか批判されていた。

実際の会見では「私たちは副知事と話し、遺憾だと伝えた。この事故は遺憾なものである。しかし、私たちは沖縄の人々を危険から救おうとした若いパイロットの偉大なる行動については、全く遺憾だとは思わない。」と、言ったそうだ。

オスプレイのパイロットは負傷して入院した。
ハドソン川の「サリー」は無傷だった。

「ハドソン川の奇跡」の事件は、アメリカではものすごいインパクトのあるものだった。
日本でも、「アメリカ通」の人事関係者は、それ以来、「望むべき人材のプロフィール」として「ハドソン川」を引き合いにするそうだ。

確かに、9・11で飛行機に突っ込まれるテロを経験したニューヨーカーのトラウマは半端なものではなかったろう、と今更ながらに思う。

その上に2008年の金融危機の直後の2009年1月だったから、事故で「犠牲者ゼロ」という結果は人々の心をどんなに癒したことだろう。

でも、如何せん、ニューヨーカー、アメリカ人という「当事者」でない場合、メディアは、「心温まる話」や「勇気を与えてくれる話」などよりも、これでもかこれでもかと世界の悲惨を語ったり、来るべき不安を煽ったりすることの方がはるかに多い。
「世界の終り」の方が「売れる」のだろうし、人々が無意識に「怖いもの」に惹きつけられるのかもしれない。悪い予想が外れても誰も文句を言わないけれど、いい予想が外れると責任をとれと言われるかもしれない。

だからフランスにいると、「ハドソン川の奇跡」は普通の「ちょっとしたいいニュース」くらいですぐ忘れられるものだったけれど、アメリカにとっては救世主のような事件だったのだろう。
だから沖縄のオスプレイを「不時着水」とした強弁の裏にも本物の思い入れがあり、「沖縄の市民を救ったヒーロー」という発想は、「植民地に対する傲慢な態度」というより実感だったのかもしれない。

事故の場合のチェックリストは3ページもあって、アナログで、実用的ではない。
飛行歴42年の機長は豊富な経験をもとに、ほとんど直感で行動した。

ほんとうにこの機長はアメリカン・ヒーローの要素をそなえている。

「勇気と忠誠心と善良さ」。

こういうシーンだとフランスの「自由・平等・博愛」のスローガンなど唱えても何の役にも立たないだろう。

実際のサリー機長の写真を見ると、トム・ハンクスよりずっとかっこいい人だった。

自分も航空安全委員会の公聴会の調査側に立った経験があったので、エンジンが止まった時、

「これから自分の言う言葉も行動もすべてが今後10年先まで厳しくチェックされるだろう」

と瞬時に意識したそうだ。

けれどもそれが判断を惑わせることにはならなかったという。
人間の脳って、いざとなればコンピューターよりも早く複数のことを同時に高速で考える。

今読んでいる『あなたの人生の科学』ディヴィッド・ブルックス(ハヤカワ文庫NF)に、人間の脳は同時に1100
万個もの情報を扱えるが、意識しているのはせいぜい40個くらいだという説が紹介されていた。全ての情報処理は無意識によって行われていると。
(この頃自分でもそれを実感するようになった。いろいろなものをインプットして寝かせておくと、ざわざわと何か動いて、すっきり言語化されて出てくることがある)

それにしても、2009年初めのNY、テロと金融危機でニューヨーカーが「恐れと不信」の中にいた時期だからこそ、サリーはヒーローになった。
「奇跡」だけでは必ずしもヒーローは生まれない。
乗客を救うというより、自分の生存本能をプロとしての判断力に投入した。
生きるために全員を救った。

フランス国内でドイツ系の航空機の副機長が心中のようにわざと墜落させた事件とつい比べてしまう。
フランスではこちらの方が当然記憶に残って、定期的に飛行機を使う身としてはトラウマになりそうな事件だった。

それと比べたらえらい違いで、プロフェッショナルが危機を前にして平常心を失わず最適の判断を下す、ということのありがたさと難しさをあらためて感じる。
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by mariastella | 2016-12-28 01:30 | 映画
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