L'art de croire             竹下節子ブログ

童話における男の子と女の子

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レミとミーファの冒険
のラストシーンです。

このDVDはまだ仲間のフランス人にしか見せていないのですが、そのうち2人が運悪く?フェミニストの活動家(一人はLGBTの活動家でもあります)で、彼女らから、男の子と女の子を主人公にすること自体に疑問を呈されました。

森に入っていくのに女の子だけがスカートだとか、カゴを持っているとか、行き先を指さして先導するのが男の子だとはいかがなものか、と。

私はそうは思いません。

まあ、この2人は日本語が分からないので、イラストだけを見てストーリーを追うのでそういうことが気になるというのは分かります。

でもナレーションでは、最初と最後にレミとミーファと出てきますが、後はずっと「子供たち」であり、男の子と女の子の区別をまったくしていません。

レミとミーファはもちろん音名のドレミファ由来ですが、日本ならレミだって女の子名でもあるし、それ自体は性別が曖昧です。もちろんフランス語ならレミは男の子だし、レとミは一音差だけどミとファは半音で軟弱だと文句をつけられそうです。

でも私の反論はこうです。

まず、大人たちからの余計な刷り込みさえなければ、子供たちは絵本を読むときに、自分の性別による感情移入をしません。
「星の王子さま」に「星の王女さま」が出てこないからと言って疎外感など感じません。アンパンマンがアンパンウーマンでなくとも平気です。三匹の子豚だって、人間でなくとも、また自分が末っ子とかでなくとも、子供というのは、一番気に入ったキャラに自分を投影します。

だから、女の子が、ミーファを見て、ああ、自分はカゴを持ってレミに従わなきゃいけない立場なのだなあなどと卑屈になるなんてことはまずないと思います。
こんなストーリーで、2人が同じ格好をして全く同じことをするという必要はないと思います。

それだけではなく、1人がイニシアティヴをとって前に進み、1人がちょっとおずおずして後ろからついていくように見える図柄があっても私はいいと思うのです。

それは男の子と女の子の役割の刷り込みなどではなく、どんな子供の中にもある二面性の表現だと思うのです。陰陽の原理や太極図と同じで、別にわざわざ全体をグレーにまとめなくても、黒白でひとつを提示するのは悪いことだとは思えないのです。

「先に進む男の子がリーダーで後に付き従う女の子は従属している」

とも言われましたが、私はそれも文化的な刷り込みがあるかもしれない、といい返しました。

戦争などで突撃隊とか、やくざの鉄砲玉とか、危険なところに真っ先にやられる捨て駒がいて、あるいは露払いがいて、リーダーは背後でゆっくり構えてリスクをおかさない、というシーンだっていくらでもあるわけですから。

しかし、今はなかなか難しい時代だなあと思いました。

同時に、今でも、子供時代に「女の子だから」とか「男の子でないから」とか「男の子に負けないように」とか、いろいろ親に言われてきたことで抑圧されてきたという意識を持つ女性がたくさんいることを、フェミニストのブログなどで読むたびに衝撃を受けます。

そのたぐいの言葉は、私自身は、少なくとも家庭内では一度たりとも耳にしたことがなかったので、そんなことをいう親がいることすら信じられませんでした。

危機管理や行政文書は別として、性別がアイデンティティの一部であったことはないのです。

この音楽ストーリー構成は「ピーターと狼」にヒントを得ましたが、ピーターが男の子だからといって「男の子向けの話」ではありません。

男の子と女の子が出てくるこれまでのよくある童話はたいてい批判されます。
難しいところです。

それに反論すると、「あなたは特別だから(分からないのです)」と返されてしまいます。でも、

「女の子も受動的ではなく能動的でなくてはいけない、決断して前に進まねばならない、それをさせないのが文化的刷り込みだ」

と言われても、だれでも、時と場合によっては受動的でいたい場合もあるだろうし、いろいろな能力の多寡によって、前に進めないこともあるだろうし、決断したくないことだってある、と思ってしまうのです。

誰かが前に進みたいし前に進む能力もあるのに社会や他者からの圧力で自由を遮られるような状況は打破されるべきですが、勇気や覇気が他の徳よりも特別上位にあるものだとも思えないのです。

先週の仲間うちでの議論がなんとなく心の中で尾を引いていて、その時は完全には言語化できなかったので、ここに覚書にしてみました。
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by mariastella | 2016-12-29 02:41 | 雑感
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竹下節子が考えてることの断片です。サイトはhttp://www.setukotakeshita.com/
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