L'art de croire             竹下節子ブログ

多難な年明け

元日の夜のTV総合ニュースでは、大警戒のもとで賑やかに過ぎたシャンゼリゼのニューイヤー・イベントのことをやっていた。そういえば、前の年は11月のテロの影響で花火が中止されたのだった。
私は日本にいたからその雰囲気は分からなかった。

で、去年テロがあったニース、ベルギーのブリュクセルやドイツのベルリンなどでもいずれも、無事に年が越せた、ニューヨークもタイムズスクエアに人が集まった、とニュースのアナウンサーがにっこり笑って言っていたのを見て驚いた。

1日深夜のイスタンブールのナイトクラブの無差別射撃、31日と1日と、自爆テロなどで続けてたくさんの犠牲者を出したイラクのバクダッドはまるで数に入っていないかのようだ。
フランスからの距離で言うとNYより近いのに。

やっぱり「欧米」「キリスト教文化圏」視線なのかなあ、と思う。

オランドは1日にイラクに行って現場のフランス軍兵士たちを「慰労」した。
「そんなことをしてISを刺激するなよ」、と思ってしまう。
テロに「宣戦布告」している彼にとってはそれ以外にない選択なのだとは分かるけれど。
武器や戦闘機などを売りまくっている時点で私にとってはアウトだけれど。

今年はエピファニーが教会的には8日だけれど、ガレットはもう出回っている。
スペインでは昔通りに1/6がエピファニーの休日で、三博士がイエスに贈り物をしたことにちなんで子供たちにはプレゼントをもらえるのだそうだ。クリスマス・プレゼントから二週間も経たないのに。

スカンジナビアやアイルランドでは、クリスマス以来毎日灯していたクリスマス大蝋燭を灯す最後の日になる。

私がフランスに住むようになった40年前のクリスマスには、フランスでも、1/6のエピファニーで降誕祭が終わってツリーを片付ける、というのが習慣だった。でも今は、エピファニーも移動祭日で1月いっぱい飾りが出しっぱなしという家や店もある。

フランスでは毎年大統領にガレットが贈られるのだそうだが、フェーブは入っていないそうだ。
ガレット・デ・ロワは王様のガレットで、本来はイエスを礼拝に来た三憲王にちなんで、パイの中のフェーブに当たった人が王冠をかぶって「王様」になるのだけれど、「大統領は王になれない」からだそうだ。

なるほど「王殺し」のフランス革命を継承するシンボルの共和国大統領が戴冠してしまったら洒落にはならない。革命後にも「フランス王」でなく「フランス人の王」だの「フランス人の皇帝」だのという名目で戴冠してきた人たちもいるけれど、第三共和制以降は「王様」はアウトとなっている。

今では日本でもガレット・デ・ロワが登場しているようだ。
昔はガレットと言えば、『シェルブールの雨傘』でのドヌーヴの冠しか知らなかったっけ。

私が一時帰国して当時飯田橋にあったリセ・フランセで教えていた1980年の1月には、6日(フランスのカレンダーで新学期が始まっていた)の給食のデザートがガレットだったらしくて、午後の授業には金髪に金色の紙の冠をつけたままのかわいい女の子がクラスに出席していたのを覚えている。

あの頃にもすでに、中東ではテロがあった。
誰もそんなことを話さなかった。
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by mariastella | 2017-01-03 02:13 | 雑感
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