マイク・ジャッジ『26世紀青年』とトランプ大統領
16日の夜、arteでとんでもない映画を見た。
21日のトランプ大統領就任がなければ絶対に企画されなかった放映だと思うし、私も見なかったと思う。時間が22h50から始まる深夜番組というのもかなり頷けるほど危うい映画だ。 『Idiocracy』邦題は『26世紀青年』。 2006年のアメリカでの上映はわずか130館ですぐに引っ込められたという。 フランスでも翌年Planet Stupid (バカの惑星?)というタイトルで公開されたが話題にならずに終わった(一部のマニアには支持され続けてカルトムービー化している)。 日本では劇場未公開でDVDのみだが、邦題を見ただけでも、多分アメリカやフランスでの一般の受け取られ方とニュアンスがだいぶ違って最初からマニアックな感じだ。 話はアメリカ陸軍の実験で一年の予定で冷却をされた兵士ジョーと娼婦リタが、エラーで放置され、500年後の2505年に目覚めるというもの。 冒頭で、アメリカではIQの高い夫婦は子供をつくらず、IQの平均より低い夫婦はどんどん子孫が増えていくという構図が紹介される。 IQの低い夫婦は粗野で下品で衝動的で、欲望のまま生きるという構図。 で、500年後には、アメリカはイディオクラシーつまり、デモクラシーではなく愚者支配の国になっている。 テレビの周りはCM専用スクリーンが取り囲んでいる。警察も裁判所も病院もあるがみな、言葉もろくに解せない人仕様にアイコンばかりでできている。腕には身元確認のタトゥが入れられている。大統領は元ポルノ映画のアクターの黒人で、閣議などもパロディのようだ。 環境保全の意識がないのでゴミの山が堆積し、都市に崩れ落ち、トイレの水洗以外に水はなく、あとはすべて緑色の健康ドリンクの独占となり、農業用にもそれを使うので、作物は育たず荒地が広がっている。 IQテストで「世界一IQの高い男」と認定されたジョーは大臣になるが、水を農地の灌漑に使って健康飲料の独占企業を敵に回したので捕らえられる。ローマの闘技場のように、スタジアムに引っ張り出されてショーのように殺されかけるのだが…云々。 「諷刺コメディ」なのだけれど、これでは上映する方も見る方も思わず「自主規制」したくなるような突っ込みどころが満載だ。 まず、愚者idiotをIQで図ること。 主人公の2人(21世紀では平均的IQ)以外のすべての人が、IQの低さを表現するように、視点の定まらない「知的障碍者」のような演技をしている。そしてその属性として、粗野で下品で本能のままに、というのがついてくるのだ。 これはひどい。 知的障碍者の家族や支援者が見たら驚倒するだろう。 しかも、オバマ大統領誕生の数年前の制作とはいえ、愚者クラシーの大統領が黒人という設定。 まあ、完全なジョークのB級映画扱いだったともいえる。 アメリカ以外の世界はいったいどうなっているのだろうというような視線はないし、リアルに考えたら破綻しまくる設定だから、まともに批判してみる方がおかしいというところだろう。 ところが今は、トランプ登場で、あれは「予言的作品だった」ということになっている。 すでに昨年3月の「スーパーチューズディ」でトランプが共和党予備選を制した時に、この映画のシナリオをマイク・ジャッジと書いたEtan Cohentが、この映画がドキュメンタリーになるだろうとは思っていなかった、と発言している。 しかし、言うまでもなく、トランプが「自分は教育のない民衆に支持された」などと言ったけれど、教育があるかないかはIQよりもはるかに社会的要因に左右されるだろう。 そして、トランプだろうがヒトラーだろうが、ムッソリーニだろうが、決してIQが低いとは思えない。 一代で独裁者になるような人はむしろ非常に頭の良い人であるはずだ。 頭がいい人の悪意の方がはるかに危険だ。 ポピュリズムの流れを作るのは、IQの低さなどではなく、エゴや支配欲や恐怖や社会不安が利用されているだけだ。他者排除と思考停止の誘惑はすべての人にある。 いろいろな気まずさを別にすれば映画としては、決して悪いできではない。 主演のジョーを演じるルーク・ウィルソンがほんとに「普通の平凡で善良なアメリカ人」という感じで、ヒスパニック系のリタも「普通の人の知恵や良識」を持っている感じが説得力がある。 つまり、エリートでなくともIQが高くなくとも、「平均的なアメリカ人」は根が善良で、困難にも立ち向かえ、どんな状況でも新たな道を開く勇気を持っている、というアメリカンな希望のメッセージはちゃんとある。 一見全く似ていないけれど、『ズートピア』みたいな発想はある。 動物の世界にしてしまえば違和感はなかったかもしれない。 だから、トランプ大統領の登場とこの映画を短絡に結びつけて、トランプやトランプの支持層を「教育のない愚者」と決めつけるのが生産的なこととはどうにも思えない。 好みでもない映画にもかかわらずこれだけいろいろ考えさせてくれたのだから、一見の価値はあったと思う。
by mariastella
| 2017-01-18 00:10
| 映画
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