L'art de croire             竹下節子ブログ

トランプ大統領の就任セレモニーを中継で見てしまったこと

アメリカの大統領の就任式やパレードの中継を始めてみた。
考えてみれば、日本と違って、フランスとワシントンは時差が6時間だから、夕方のちょうどいい時間帯にダイレクトにテレビを見ることができる。
昔はずっと中継を垂れ流しているニュース専門チャンネルはなかったし、今回はトランプ大統領の話題が派手だったのと、偶然知人から今やっているよ、と言われてなんとなく見てしまった。

前も思ったけれど、米仏二重国籍の学者、評論家、ジャーナリストもテレビに出ているから、コメントなども日本での解説と少し違う。

もちろん「フランスとの違い」もいろいろ言われる。

アメリカのこのパレードは、フランス大統領のシャンゼリゼのパレードとは違って、愛国主義と政治とカーニバルを一緒にしたようなのが伝統なのだ、とか、

アメリカ人はフランスと違って政府と国家を区別しないのだ、などと言う。

また、アメリカは広いし連邦制だから、大都市は別として、コミュニティが固定しているから、ヒラリーを支持するタイプの人たちがトランプを支持するタイプの人たちと顔を合わせないで何十年も生きていくことが普通にある、ともいっていた。

なるほど。

アメリカの独立を助けたフランス人のラファイエット広場やラファイエット像の美しさもちょっと誇らしそうに語られる。

確かにワシントンのこういう感じは日本とは接点がなさすぎる。

気温は7、8度だそうで、ジャーナリストはコートにマフラー姿だが、要人たちはみなスーツ姿で寒くないのかと思う。しかも小雨が降っている。トランプは前日に雨の予想を聞いて、「平気さ、これで私の髪が本物だって分かる」と言ったとか言わないとか。
オバマのヘリコプターが飛び立つときに前髪がなびいたとコメントされていた。
パレードの後半で雨が止んだ。

10年前にトランプが、自分が大統領選に立候補するなら共和党からだ、共和党支持者はバカだから私に投票するだろう、と言っていたという話も出た。

解説がなくても、フランスとはだいぶ違うのがよくわかる。

リンカーンの使っていた聖書と1955年に母親からもらったという聖書を重ねて手を置いた宣誓、最後に神の加護を願う文言、その後の諸宗教の代表からの祝辞、など、フランス視点ではとても政教分離とは思えない。

フランスの大統領は選ばれてから間もなくエリゼ宮に入ってあっさりと交代するけれど、アメリカでは選出されてから2ヶ月以上も準備期間がある。
オランドのパレードは大雨で、オープンカーでびしょ濡れだったけれど、トランプのリムジンは完全防備で外から見えないし、中には輸血用の血まで用意されているのだそうだ。

舞踏会があって、クリントンは14回、オバマは10回やったがトランプは3回だけだと言っていた。
これは何を意味しているんだろう。ブッシュの回数は言わなかったから民主党の方が多いということなのか? それともトランプのイメージ戦略の一つ?

就任演説が大統領選の時と変わらなかったことも繰り返しコメントされていた。
普通はいったん大統領になったら、前任者も称えて、対立する党の支持者にも手を差し伸べて団結を呼びかけるのに、そうしないで自分の立場に固執したというのだ。前任者を批判するような就任演説をしたのはルーズベルト以来だとも言う。これは一種の革命だ、と興奮するトランプ支持者もいた。

ある意味でアメリカのこの仰々しさは、合衆国だからかなあとも思う。大統領は封建領主の上に立つ王みたいなものだ。力を誇示する必要がある。

それに比べてフランスは、実は「中央集権の絶対王政」気質のまま来ている。それなのにフランス革命がアイデンティティで、宗教や聖なるものは介在させたくない、愛国主義より普遍主義、という建前があるからかえってシンプルだと言える。「大統領、即、王様」のコンセンサスが無意識にあるのだ。

考えてみたら、アメリカは大して変わっていない。
トランプとの比較でオバマがえらく立派な画期的な大統領だったように言われるけれど、私はなにしろ藤永茂さんの愛読者だから、オバマに幻想など露ほども抱いていなかった。

今回のトランプの就任式を前にしての公聴会に何度も「反共」かどうか確認されたりしているのを見ても、アメリカって冷戦から抜けていない。ロシアもそうで、冷戦後にイデオロギーの時代が終わったなんてとても思えない。

アメリカで二大政党が時々政権交代しようが、ソ連がロシアになろうが、基本は変わらず、それでも地政学的戦略がほとんど全部グローバル経済原理のみに立った戦略へとシフトしているので、その間に中国が帝国主義化し、EUが理念なしのテクノクラシーになった。

「まつりごと」としての政治も文化も霊性も凍結されて、経済に奉仕する国家の中途半端な科学主義、消費主義、テクノ資本主義はもはや「意味」を創出しない。

それなのにアメリカでは「民主主義」が、フランスでは「共和国主義」が、その「意味の不在」をメッキするだけの妙なものに変質している。

日曜はフランス社会党の大統領候補予備選の第一回投票だ。

分かっていたとはいえ、このアメリカのお祭り騒ぎのすぐ後で、なんだかすべてむなしく無気力に過ぎていくような気がする。
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by mariastella | 2017-01-21 08:29 | 雑感
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