L'art de croire             竹下節子ブログ

マーティン・スコセッシの『沈黙』 をめぐって(その2)

(これは前の記事の続きです)

スコセッシはシチリアのイタリア系で司祭になりたくて神学校に通ったこともあるというほどのカトリック信者だ。

14歳で神学校に入ったが、若すぎる、規則を守らない、ということで1年後に退学させられた過去がある。

1988年の『最後の誘惑』を見たニューヨークの聖公会の大司教ポール・ムーアから原作を与えられて、「この話は真実の信仰についてのものだ、魅力的なテーマだから読んで考えてください」と言われたそうだ。
その後スコセッシは黒澤明の『夢』にゴッホ役で出演するために日本に行き、この本を持参したという。

『最後の誘惑』のスキャンダルはまだ記憶に新しかったから、スコセッシがロドリゴ役に声をかけた役者質の中には、スコセッシとならどんな映画でもやりたいがこれだけはだめだ、宗教ものは自分のスタイルではない、と断られたこともあったと言う。

『最後の誘惑』は、上映中止になった国もあったと覚えているけれど、フランスでは普通に上映されていた。私も観に行った。問題視されたイエスとマグダラのマリアのラブシーンみたいなのは「人間イエスの頭の中の誘惑」という試練の映像化という設定なのだから、別に何でもありだと思った。

その時に、実は多くの人にショックだったのは、ラブシーンではなくて、むしろそれまでの欧米系のイエスの伝記映画の十字架上の受難シーンで初めてイエスが全裸で磔になっていたからではないかと思ったことを覚えている。

といっても、中世の受難の絵には、全裸のイエスのものが普通にあった。
それをフランスで最初に観た時は私も驚いたけれど。
それまで知っていたのは、腰に布を巻いたものばかりだったからだ。

アダムとイヴは禁断の実を食べてから裸でいることを恥じるようになった。イエスは、原罪のない無垢の存在を十字架に捧げたのだから、全裸で問題はない。それに、多分史実的には、イエスでなくともこの種の十字架刑は全裸で執行されたと考えた方が自然だ。で、画像だけでなく全裸のイエスの十字架像は今も残っている。

それが宗教改革後のトリエンテの公会議で禁止された。

イエスは原罪がなくても、見ている信者たちは罪深いのだから誤解を招く、教育によくない、というわけで、教会にある全裸の十字架像は廃棄、もしも芸術的に価値ある作品ならば腰布を巻くようにと通達された。検閲みたいに黒い色を塗られただけのものもある。

絵で有名なのはシスティナ礼拝堂のミケランジェロの『最後の審判』の中央のキリストで、後に腰布が描き足された。

でも、十字架のキリストが全裸であるのが自然だという議論は何度も蒸し返された。

聖フランソワ・ド・サル(サレジオ)は、1614年3月28日の説教で、「われらの主はなぜ十字架上で裸でいることを望んだのか」と語っている。

プロテスタントの多くは、キリストの姿そのものを十字架から消して、シンボルだけを残した。
裸問題は解決する。

そんなわけだから、スコセッシが『最後の誘惑』で十字架のイエスを全裸にしたのは、いわゆる教義や神学には直接関係のない部分であり、伝統的な表現の一つでもあったのだから、そのシーンを見ても、そのことだけを批判することは誰にもできない。
でも、それについて何も言えない、というフラストレーションが、イエスの想像上のラブシーンへの怒りに向けられた。けれども、スキャンダルの火元は、実はラブシーンではなく、全裸の方だったのだ、というコメントを当時書いた。

それから時が経ち、メル・ギブソンの『パッション』だの、ダン・ブラウンの『ダヴィンチ・コード』だの、いろんな「過激」な説や表現が世間に広がった。

『最後の誘惑』を見た聖公会の大司教が、スコセッシに『沈黙』を渡して、「真実の信仰についてのもの」だと言い、スコセッシが30年近くかけて完成した今回の映画は是非見てみたい。
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by mariastella | 2017-01-25 00:27 | 映画
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